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「これは失礼。銀狼隊隊長、セイン・シルヴィスの副官、ギール・ジェベルであります。至急憲兵隊のメベル・グレゴロス隊長にお会いしたいです」
と、一言一言丁寧に伝えた。
一言でも聞き漏らされる訳にはいかなかった。またわざと丁寧に話す嫌味でもあった。だが、まだ目前の人物は不服そうであった。ギールに一歩近付くと口を開いた。
「貴方が本当にそのギールなんとかと」
「ジェベル副官、グレゴロス隊長がお呼びです」
新人が更に仕出かす前に憲兵隊隊長の部下が現れた。ギールは新人に目もくれずに部下の後を追った。金に物を言わせるという風にきらびやかしか良さがない、隊長室に案内された。その部下がお茶でも出そうとしたが、ギールはすぐに断った。席に着くとギールは相手を見た。メベル・グレゴロス隊長。親のコネで憲兵隊に入隊し、散々敵を裏で消してきた。それでは気が済まず、国税で支払われる憲兵隊の資金にも手を着けている。脂肪だけで体が出来ているからやがてそのまま死亡する。ギールは脳内でしょうもないダジャレを言った。ゼドを脳筋野郎と言うが、ゼドは馬鹿ではなかった。ただ目前の者は脂肪馬鹿と言えた。ゴマすりするようにグレゴロスは、手を擦り合わせた。そのまま油が乗った顔で目を細めながら、笑みを浮かべた。魚の餌にしても何も釣れそうになかった。
「これはこれは、ジェベル副官。お会いしたかったですよ。いや、影狼小隊の小隊長さんとお呼びするべきですかね」
「お好きにどうぞ」
と、ギールはポーカーチェイスを作った。
セインがいた三人体勢の時はさほどギールが前に出ることはなかった。だが、ゼドとの二人体制になりギールが表に現れるようになると、どうしても影狼小隊のことが軍の上層部には知られるようになった。仕方がないことだったが、有名になるということは同時に制約を受けることだった。それを何とか避けるため、ギールは誰もが口を挟めない部隊に作り替えた。完全にギールの元でした動かない部隊であった。ギールは笑みを浮かべると手に持っていたファイルをテーブルに置いた。
「このような物を部下が見つけたのですが、ご存知で?」
グレゴロスはファイルを持ち上げると、その手が震え始めた。
「な、何故。脅迫をする気か、ジェベル?」
ギールはゆっくりと口に人差し指を置いた。
「そのような言い方で良いのですか、グレゴロス隊長? 貴方が貴方の首を更に絞めないことを私は願うばかりです」
「……分かった。何が欲しいのだ、ジェベル副官? 言え。いや、言って欲しい」
グレゴロスは膝に手を置くと言葉を絞り出した。良い子、という風に今度はギールが目を細めながら口角を上げた。ギールが手を叩けば、グレゴロスは震え上がった。
「何も大変なことではありません。あの毒薔薇を確保したので憲兵隊にプレゼントしたいのです。これからも互いに良い関係を維持したいので」
「何と、あの毒薔薇か? 有難い。誠に有難い、ジェベル副官」
と、グレゴロスは驚きながらも笑みを浮かべ、嬉し泣きをしていた。
きっと脳内で取らぬ狸の皮算用を行っているのだった。ただすぐにその涙は血になるのだった。ギールは腕を握られると上下に激しく振られた。興奮が落ち着くとギールは思い出したように続けた。
「本日お伝えするべきか悩んだのですが、我々の隊長セイン・シルヴィスが無事に任務から帰還したことを報告します」
グレゴロスは疑いの目をギールに向けていた。
「……それは本当か? もしや、敵国の間者や亡霊ではあるまいな? シルヴィス隊長といえば、約一年ほど前に殺害されたではないか?」
「敵を欺くにはまず味方から、ですから。隊長は非常に有意義な情報を集めて下さいました。ここに内容の詳細があります。敵国の情報を探るようにお願いしたのですが、まさか軍内の内通者や不正も調べるとは思いませんでした」
と、あたかも困ったようにギールは頭を掻きながら、笑みを浮かべた。
ギールが更に書類を渡すとグレゴロスは今にも倒れそうになった。だが、すぐに無理矢理意識を切り替えるとギールを力強く見た。それが憲兵隊の隊員なら感動したかもしれないが、内情は誰を助け誰を蹴落とすか考えているのだった。
「これはどうも有難い、フェルベル副官。シルヴィス隊長にも私が感謝を述べていたと伝えておいてくれ。また任務ご苦労、と」
「有難う御座います」
と、ギールは綺麗に頭を垂れた。
「では、今日は忙しいのでこれで失礼します」
ギールは更に何かを言われる前に早々と部屋から逃げた。全てが順調に進み、ギールはしくじらないように注意して歩いた。こういう時に一番視界が狭くなり、怪我などをするのだった。すぐに車に乗り込むとギールは手を急いで拭いた。早く拭わないと手に付いた穢れが体の中に入りそうであった。小さく息を吐くとギールは静かな車内を楽しんだ。だが、次の瞬間には口元に手を置き、笑い声を抑えることが出来なくなった。何かが壊れたようにギールは笑い続けた。誰もが歩いたり、生きているだけで面白いという風に。
「何か良いことがあったのですか、小隊長?」
運転する部下に聞かれ、ギールは笑うのを止めた。深呼吸をしてから一度咳をすると、元に戻った。
「少々順調に行き過ぎると全てが馬鹿馬鹿しく見えたんだ。……でも、やはり銀狼隊は素晴らしいどのような物を犠牲にしてでも、守りたい。そして、イシャルの笑顔も」
「そうですね」
部下は小さく頷いたが、ギールのイシャルの思いが何よりも強いことは言うまでもなかった。
「……後、少しだ。毒薔薇の作戦が終われば一旦平和が訪れる。役者と偽装班には全力で当たってもらいたい」
「大丈夫です。誰もが始めから小隊長のために尽くしたいですから」
私もその一人です、と部下は誰にも聞こえないように囁いた。
セイン・シルヴィスの帰還、毒薔薇が確保されたことはすぐさま多くのメディアで報じられた。翌日の一面には奇跡の英雄の記事が大々的に書かれ、隣に毒薔薇のことが書かれた。だが、その日に毒薔薇が護送中に襲撃され、殺害された。メディアは当時の警備体制を疑問視し、多くの批判が憲兵隊と軍に向けられるようになった。その中で不正が振り起されるようになった。叩けば埃が出るという風にだった。一部メディアが銀狼隊にも調査の手を広げたが、怪しい情報は一切見つからなかった。そのような中、憲兵隊隊長メベル・グレゴロスが変死体で見つかったが、事件性はないと処理された。
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