魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

第一章 魯坊丸は日記をつける

プロローグ

〔天文十七年 (1548年)一月十五日〕

この戦国の世に生まれて一年半が過ぎた。

この時代は年齢を数えで数える。なので正月を迎えて三歳となった。

三歳と言えば、もう立派な子供だ。

去年のように抱きかかえられて移動するのもはばかれる。

自分の足で歩かなければならない。

もちろん、急ぐときは別だ。

ヨイショ、ヨイショとヨチヨチ歩きでは日が暮れてしまう。

しかし、熱田の神官にされた俺は割と忙しい。

父上の織田おだ-信秀のぶひでから大量の酒を製造するように命令を貰った。

命令するのは簡単だろうが、現場は大変だ。

大変だが、『できません』と簡単に言えないのが戦国時代だ。

まったく、禄でもない時代だ。

大量の酒を製造する為に酒村を建造する計画を立てた。

その見積書を作成中だ。

忙しい最中に母上から呼び出しを受けた。


「ふぁ・ふぁ・う・え。お・よ・ぶぃ・に・よ・り・しゃん・じょ・しゅ・ま・し・た」

「魯坊丸。そこにお座りなさい」

「ふぁ・い」


この中根南城の序列は、織田信秀の子で次期城主である俺が第一位であり、第二が城主の中根なかね-忠良ただよしとやや変則的になっている。

この中根南城の周辺にある長根荘の民衆は、俺を神の如く崇めている為だ。

それでも稚児である後見人である養父が実権を持つのだが、俺は普通の子供ではない。

転生した記憶があったので、周囲の大人以上の知恵を持っていた。

こうなると養父の忠良も序列通りに俺を通さないと、巧く事を動かせないようになったのだ。

文字通り、俺の城だ。

そんな俺に苦言を呈するのが、母上の仕事となっていた。

優しく甘々な母上であったが戦国時代の女性は強く、況して、母上となると頭が上がらない。


「魯坊丸。一度嫁がせた侍女を呼びだすとは何事ですか?」

「で・す・が」

「これに関して、口答えは許しません。他家に嫁がせた者を安易に呼びだすなど、あってはなりません」

「ふぁ・い」

「よいですか。成田家は加藤家に仕える家臣です。どうしても使いたい場合は、まず平針の加藤家にお伺いを立てて、加藤家から命じるように仕向けなさい。面目を怠れば、それで戦になることもあるのです」

「ふぁ・い」


俺は「はい」と答えたが、内心でそんな面倒なことをしている時間はありませんと反発した。

東加藤家に使者を送って、俺が会うのが一番早い。

で、会う日を決めるのに最低で一日。下手をすれば、もっと掛かる。

会う日が決まっても、その会う日は最低でも二日後になる。

会見で元侍女の貸し出しを頼み、加藤家の当主が夫を呼び出し、次に元侍女に命じるのに四日は掛かる。

最短で七日だ。

場合によっては、送り出す日に吉日を撰んで二十日ほど掛かることもあり得る。

また、恥ずかしくない服を見繕うとか言い出せば、一ヵ月後を軽く超えることも…………?

そんな面倒なことにならぬように、俺は元侍女に明日中に来るように命じ、夫の成田家と主の加藤家に詫び状を送った。

礼儀作法を全部、ぶっ飛ばし、夫より、主筋より、元主を優先させた。

母上のいうように、普通なら面目を失ったと言い出しかねないかなり危ないことだ。

だが、加藤家とは仲がよいので問題ない。

先日も東加藤家の叔父になる西加藤家の無理を聞いたばかりだ。

何とかなるさ。

だが、それを説明すると長くなりそうなので、俺は素直に謝った。

そんな俺の思惑を察したのか母上は溜息を吐く。


「何か思う所があるようですね。でも、説明するのも面倒ですか」

「い・い・え」

「判りました。今日はこれで矛を収めましょう」

「あ・り・が・と・ご・ざ・い・ま・す」

「その代わりにこれまでのことを日記に書いて、それを母に見せなさい」

「い・ま・ふぁ。い・そ・が・じく」

「あの子を呼び戻すくらいに忙しいのは承知しております。少し待ちましょう。一段落付いた所で書いて母に見せなさい」

「し・か・し…………」

「見せなさい。それとも今、一つ一つを問い質されたですか」

「はぁ・い」


俺は酒村が一段落ついた後に日記を書くことになった。

母上の部屋をあとにして、俺は今までのことを思い出した。

短い間に色々あったと思った。

意外と長編になるな~。

兎に角、俺は日記を書かねばならないらしい。

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