虎犬散歩

銀河星二号

虎犬散歩

 ある日の夕刻、僕は近所の川辺りを歩いていた。そこは大きな河川敷で、向こう岸では草野球が行われていた。


 その日は夏の終わりの時期で、それまでの鬱陶しい熱気とは明らかに違う涼やかな風が吹いていた。


 僕が川辺りの遊歩道を歩いて行くと、向こうから犬を連れて散歩をする女の人が近づいてきた。


 徐々に距離が詰まると、僕は何かが変だなと思い始めた。連れている犬がシマシマ模様なのである。それも黄色と黒の虎柄の。と言うか虎皮そのものに見えた。


 観察すると、それはどう見ても何かの塗料で塗られたものではなく、どうにも自然で、どう見ても地毛としか思えなかった。


 しかし、僕の知識ではそう言う毛を持った犬はいない。世界には存在しない。


 もちろん僕の知らない種類の犬がいても別に不思議では無いのだが、これだけ特徴的な模様の犬が話題にならないことはなかなか考えづらい。何だろうこの犬は?


 僕がその犬をじっと見ていると、涼やかな声がした。


「犬、お好きですか?」


 顔を上げてみるとそこに居たのは黒髪で色白のクールな美人の女の人だった。


「え、ええ。あまり見ない犬だったもので、ついじっと見てしまいました」


 そう言うと、彼女はクスリと笑った。


「珍しいですかね? 私の出身地には良くいる雑種なんですけれど」


 良くいる雑種……? 良く……? 雑種? ……何と何の? そんな考えが頭を駆け巡った。


「あの、何の犬の系統の雑種なんでしょう?」


 僕はストレートに聞いてみた。


「えーと、確かペグ……だったかな?」


 ベグ……あのテントを張る時に使う固定用の……いやいや、そうかパグだな。確かにこの潰れたブルドッグのような鼻はパグかもしれない。


「パグ……でしょうか?」

「あ、それです!」


 意外とクールでも何でもないかもしれない。美人だけど。いや、そうじゃなくて!


「あの、パグと……他にどんな犬の?」

「うーん……」


 彼女は考えている。


「……良く知らないんですよね」


 分からないか……そこが肝心だったのだけれど。


「よくいるので誰も気にして無くて」


 それはとても特殊な地方に思える。


「あの、縞々模様が特徴的で、あまり見ない種類なんですが……」

「そうなんですか? 私のいるところでは、犬はみんなこんな感じなのですけれど?」


 ……何処なのだろう、そこは? いや、もしかして僕はからかわれているのでは?


「あの、ぶしつけですが、出身地はどちらで?」


 失礼かとも思ったが、どうにも聞きたかったのだ。


「コーディリアですね」


 聞いたことが無い。外国だろうか?


「あの、お国の名前は?」

「いえ、国の名前がコーディリアですよ?」


 彼女は、さもおかしな事を聞くと言う感じで僕を見つめている。……僕が無知なだけなのだろうか?


 ふと、流星が空を横切った。


「あっ、そろそろ時間なので」

「あ、すいません、時間をかけてしまって」

「いえ、いいんですよ。ちょっと楽しかったですし」

「いえ、僕も楽しかったです。ありがとう」


 彼女は優しいな。


 そして彼女は軽く会釈をすると、聞いたことの無い言葉を唱えて、両手を前に構えた。すると、彼女の眼の前に、丸く光るゲートが現れた。


 そして彼女は手を振り、おかしな犬と共にその中に消えて行った。ゲートはやがて消えた。


 僕は愛想笑いをしながら手を振るしか無かった。さて、帰って昼寝の二度寝でもするか。



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