第29話 流れ星の落ちるところ

 柊吾は夜のうちに帰ってくるだろうか。確認するまで起きていたかったのだが、色々なことがあったからか体はくたびれていて。ソファでうとうとしたところで記憶は途切れ、電話の音で目が覚めた時、夏樹の体は自室のベッドの上にあった。

 不思議に思いつつ珍しく朝早くから鳴る電話に手を伸ばし、表示された名前に慌てて姿勢を正す。社長の早川からの連絡は珍しいどころではない、初めてのことだった。


 その電話の内容にも驚いた夏樹は、いよいよベッドの上で正座をし、会話が終わるとすぐにリビングへと駆けこんだ。

 するとそこには晴人と、柊吾の姿もあった。ダイニングテーブルでコーヒーを飲む晴人が、おはようと手を振ってくれる。


「おはようございます!」

「よく寝られた?」

「うっす。あ、そういえばオレいつの間に自分の部屋行きました? 全然覚えとらんくて」

「あ~、それなら柊吾が運んだんだよ」

「……え? 椎名さんが運んだ?」

「そう、お姫様抱っこってやつ?」


 柊吾に抱きかかえられて自分のベッドに寝た?

 そんなことこれっぽっちも覚えていなくて、それは酷く勿体ないことのようで、夏樹はがっくりと項垂れる。


「全然覚えとらん……ショック」

「だって~柊吾」


 ニヤリと笑った晴人がキッチンに立つ柊吾へと目をやったが、柊吾は顔を上げることなく朝食の準備を続けている。その様子が気になりつつ、夏樹は礼を述べる。


「えっと、椎名さん! 運んでもらってありがとうございます!」

「あー、うん、どういたしまして」

「……椎名さん?」


 返事はしてくれたものの、柊吾は夏樹のほうを見ようともしない。

 やはり昨日は出過ぎたことを言ってしまったのだろう、怒っているのかもしれない。運んでもらったらしいことを覚えていないと悔やみつつも、夜のうちに帰ってきたのだと内心喜んでしまったのだが。そんな場合ではなかったのだ。


「あ……あの、椎名さん。昨夜はその、ごめんなさい」

「え? あー、いや、ごめん夏樹。態度悪かったよな。昨日のことはその、嫌とか思ってないから。謝らなくていい」

「え……でも」

「いいんだよ夏樹、柊吾のそれは気にしなくても。ビギナーがどうしたらいいか困ってるだけ」

「晴人、ちょっとお前は黙れ」

「…………?」


 やっと顔を上げてくれた柊吾の頬に、うっすら赤い色が見えた。相変わらず晴人はくすくすと笑っていて、柊吾はそれに腹を立てたかのように「それやめろ」と言っている。ひとまず、昨夜のことが尾を引いているわけではないということだろうか。

 安堵した夏樹は握りしめていたスマートフォンにふと気づき、リビングに飛んできた理由を思い出す。


「そうだオレ、さっき社長から電話が掛かってきて!」


 慌ててそう言うと、柊吾と晴人が顔を見合わせた。晴人の視線がすぐに夏樹へと返って、それで? と先を促してくれる。


「えっと、今日事務所に来てほしいって言われました。オレ何かしちゃったかなって思ったんですけど、いいことだから楽しみにおいでって」

「よかったじゃん夏樹~。てか叔父さん、善は急げだなとか言ってたけど早すぎじゃない? なー?」

「…………。夏樹、今日バイト入ってたよな。前も言ったけど、気にしないでそっち優先な。俺から伝えとくから」

「っ、椎名さん……」


 何か同意を求められた柊吾は晴人にじとりとした視線を投げ、答えないままに夏樹へと目を向けた。夏樹も晴人の言わんとすることが理解できなかったのだが、相談しようと思っていたことが先回りで伝えられ、さすが椎名さんだ! と頭はいっぱいになる。


「ありがとうございます! 何だったか報告しますね!」

「ああ。それで? 何時だって?」

「十一時に来てほしいって言われました!」

「そっか。楽しみだな」

「へへ、はいっす」


 じゃあ朝ごはんにしようと、柊吾が焼き立てのトーストやサラダを並べ始める。手伝いを買って出て、夏樹は三人分のグラスにジュースやミルクを注いでいく。

 柊吾手製の朝食はとびきり美味しくて、前祝いだと晴人が言って乾杯をしてくれたのがくすぐったくて。

 この乾杯に見合うように、またひとつステップを上がるように。何かを成し遂げたいと、夏樹は決意を新たにした。

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