第23話 まだ恋を知らない6
自分で言ったのだからきちんと覚えている。口から出たでまかせでもない。だがその大胆さに、改めて自分でも驚く。そうなってもいいと本気で思っている。
「酔ってないです」
「……オレはゲイだし、夏樹と出来るよ。でも夏樹は違うだろ。それに……そういうことは“好きな人とするもの”、なんだろ?」
「あっ」
ああ、どうしよう。夏樹は熱くなり始めた息を手で押える。だがその手も絡めとられてしまった。
先ほどの電話はセフレではなかった、勘違いだった。だが撤回はしたくない。それは何故だろう。大事なことだと思うのに頭が回らない、柊吾が言うように自分は酔っているのだろうか。
「どうする?」
「あ……オレ」
「……なんてな。これに懲りたらあんなこと、軽々しく言うんじゃ……」
「っ、やだ!」
「……夏樹?」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるようにして、柊吾は夏樹を膝から下ろそうとした。いやだ、と咄嗟に思った。慌てて体を後ろに向け、柊吾の首にしがみつく。
好きな人とするものだと言ったのは自分だ。柊吾だってそれを覚えていた。だが、だから柊吾とするのはおかしい、という結論に夏樹は何故か至れない。
「椎名さん、やめんで……」
「……自分が何言ってるか分かってる?」
「分かってる」
「……こっち」
手を引かれるままにベッドのほうへ行くと、腰を下ろした柊吾の膝の上、今度は向かい合うようにして座らせられた。すぐ目の前の顔についうっとり見惚れると、首を傾げながら柊吾が小さく笑う。
「そんなに俺の顔好き?」
「うん、かっこいい」
「そう」
笑っているのに、どこか寂しそうなのは気のせいだろうか。切なさを覚えながら、好きなのは顔だけではないと知ってほしくて、柊吾の頬へ手を伸ばす。包みこむように添えて、下のまぶたをゆっくりと撫でる。
「出逢って椎名さんのこと色々知ったら、もっとかっこいいって思いました。オレ、周りみんな優しい人ばっかりで幸せ者だなって思うんですけど。椎名さんがいちばんあったかい」
「夏樹……」
「だから今日も、あのカフェから逃げ出した時……椎名さんに会いたくなって、帰ってきちゃいました」
「っ、夏樹」
下くちびるをきゅっと噛んだかと思うと、柊吾は夏樹の首筋に額を摺り寄せた――
――――――――
柊吾に触れられて、キスをした。
柊吾はとことん優しかった、
抗えない眠気を必死に堪えながら、夏樹は口を開いた。
「椎名さん……」
「んー?」
「今日、会えて、うれしかった」
「……うん、俺もだよ」
「今度、は、絶対最後までする……」
そこまで言ったところで柊吾に凭れかかる。眠りに吸いこまれてしまったから、額に降ってきたキスを一生知ることは出来ない。
「今度、って……ふ、ばあか」
心が竦んだ日の夜。柊吾に満たされ夢を見る。それは青ざめた友人たちのものじゃない、柊吾の夢だった。幸せなまま眠りについて幸せな夢を見ているから、起きてもきっと幸せだろうと、夏樹は夢の中でもそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます