第17話 初仕事4
今度からは何も気にしないで連絡すること! との晴人の言葉に強く頷く夏樹を、柊吾が「飯にするぞ」とダイニングへ促す。そこには初めてここに来た日のような、いやそれ以上に豪勢な食事が並んでいた。
夏樹の好物のオムライス、寿司やローストビーフに、名前も知らないお洒落でカラフルな料理たち。
「え、すげー!」
「初仕事のお祝いだってさ。仕事から帰って鬼みたいな顔で作ってたよ、なあ柊吾」
「ケーキも買ってあるから。いっぱい食えよ」
「う、嬉しかぁ……椎名さん、ありがとうございます! あ! 晴人さんまだ食べんで! オレ写真撮りたい!」
柊吾と晴人はビール、夏樹はサイダーで乾杯をする。ふたりが並んで座りその前の席が夏樹の定位置だが、今日は何故か隣に座った柊吾が次々に皿によそってくれている。
いつだってその美しい顔を見られるのは眼福だったが、すぐそばにいてくれるのは胸が夢みたいにあたたかい。
「そんでそんで? 今日の仕事はどんな感じだった?」
「それはですね~!」
晴人の質問に、待ってましたと言わんばかりに夏樹は姿勢を正す。望んでくれたように、本来は真っ先に知ってほしかったふたりだ。昨夜の前田からの電話で始まったことを再度伝え、今日の出来事を意気揚々と話す。
「女子向けのファッション雑誌によくあるじゃないすか、一週間のコーデ特集みたいなやつ」
「うんうん、あるね」
「あれのページの、オレは彼氏役でした!」
「なるほどね~。どう? 上手くできた?」
「表情作るのとかポーズとかやっぱ難しくて……たまに指示もらいながらなんとか!」
「ちゃんと聞く姿勢が取れて偉い偉い。ちなみに相手は誰だった?」
「白瀬美奈さんっす!」
「美奈ちゃんかー」
「すげー綺麗な人っすよね! プロ! って感じで勉強になったし、新人のオレにもめっちゃ優しくて、連絡先も交換してー……」
「ちょっと待った夏樹、それマジ? 連絡先交換したの?」
「へ……マジ、っす」
先ほどまでうんうんと頷いてくれていたのに、晴人は急に目を丸くしてしまった。一体どうしたのだろうか。不思議に思い隣を見ると、柊吾もどこか神妙な顔をしている。
白瀬美奈……と確かめるように呟いたのを、夏樹は聞き逃さなかった。
「え、もしかしてマズかったっすか!? なんでオレなんかに聞くとやろとは思って、でもそういうもんなんだろうなって……人気モデルですもんね、失礼でしたかね!?」
「うーん……」
初っ端の現場で失態を犯してしまった。取り返しのつかないほどのことだったらどうしよう。
おろおろと怯える夏樹に、だが晴人はそうじゃないんだよねとため息をつく。
「美奈ちゃん、俺も一緒に撮ったことあるけど良い子だよ。マジでモデルやってるって伝わってくるし、それは間違いない。ただねー、男関係がちょっと……」
「男関係?」
「うん。悪い言い方になるけど、男漁り激しいタイプ」
「ええ……全然そやん風に見えんかった……」
「夏樹も気をつけなよ、ぱくっと食われちゃうかもよ?」
「オレが? いやいやないっすよ、それにオレ彼女いますし!」
「向こうからしたらそんなの関係ないよ、一晩だけとか言われるかもだし。自分が可愛いこと分かってるから強い。気をつけるに越したことはないよ。なあ柊吾」
「……ん? ああ、そうだな」
晴人に話を振られ、何やら考えこんでいた柊吾がハッと顔を上げて頷いた。夏樹の頭をポンと撫で、切り替えるようにいたずらに笑んでみせる。
「スキャンダルになったら困るしな。晴れてデビューしたんだし」
「ええ、椎名さんまで……でも大丈夫っすよ! 美奈さん、オレにはそんなつもりじゃないと思うし。てかスキャンダルとかオレは無名やし……いや、美奈さんのためにってことか! 気をつけます!」
「ちーがーう、俺は夏樹の心配してんの」
「うっ、椎名さんの微笑み眩しか……」
「出たファンモード」
柊吾手製の美味しいごはん、三人で笑って更ける夜。初仕事を無事に迎えられた夏樹にとって、名づけるならば最高の夜だ。今日はいいよと柊吾は言ってくれたが、オレの大事な役目なんでと皿洗いの仕事は譲らなかった。
柊吾が風呂へ向かい、晴人はソファで寝落ちてしまっている。また雨が降り出しているが、今日のこの部屋は寂しくなんかない。窓辺に立った夏樹は、ふと思い立ってポケットからスマートフォンを取り出す。
美奈の話の中で彼女がいるからと豪語した時、夏樹は後ろめたさを感じていた。最近連絡をしていないくせに、綾乃を盾に使ったみたいだからだ。
トーク画面を開いてみれば、今はもう六月だというのに四月下旬を最後にメッセージは終わってしまっている。夏樹から送ることはなかったし、綾乃からも来なくなった。
だが今日は胸を張って連絡が出来る。プライドが満たされているからだ。
<綾乃ちゃん久しぶり。元気? 今日は雑誌の撮影だったよ!>
五分ほど悩んでそう送ってみた。既読はすぐについて、それから十分ほど。返って来た返事は<よかったね>とのひと言だった。そっけない気もするが、褒めてもらえたことに安堵する。
仕事もプライベートも今日は絶好調。そう思える夜が、雨垂れる窓に映っている。
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