第15話 初仕事2

 朝六時前。柊吾も晴人もいつも朝には帰ってくるが、さすがにまだいなかった。

 マンションから出て、前田の運転する車に乗りこむ。スタジオに向かいながら、前田が改めて今日の説明をしてくれる。まずは屋内で撮影、それを終えたらロケにも出るとのことだ。


「おはようございます! 早川モデルエージェンシーの南夏樹です!」


 現場につくとすぐに、夏樹は大きな声で挨拶し頭を下げた。大勢の人が慌ただしく準備をしながら、数人が応えてくれた。心臓はバクバクと忙しく鳴り続けている。


 着替えを済ませ、プロの手でヘアメイクを施され。スタジオに戻った時には、すでに女性モデルの姿があった。前田に促され、強張った背中で近づく。


「あ、あの! 初めまして! 今日は宜しくお願いします! 南夏樹です!」

「初めまして、白瀬しらせ美奈みなです。よろしくね。えっと、新人さん?」

「は、はい! 実は今日がその、初仕事で!」

「そうなんだ。じゃあ緊張するよね。でも大丈夫だよ、一緒に頑張ろうね!」

「っ、はい!」


 人気急上昇中のモデル、白瀬美奈。今日撮影するページが掲載される号で表紙も務めると聞いている。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさに彼女のことだね、と前田が感心していた。その人気はこの人柄の良さからも出ているのだろうと、少し挨拶をしただけでも感じられる。初めて会ったばかりの、新人中の新人の自分にまでこんなに柔らかな笑顔を向けてくれるのだから。


 美奈のおかげでリラックス出来た状態の中、撮影は始まった。

 八月に発売されるファッション雑誌の、一週間の着回し特集。夏樹は恋人としての登場で、もちろん主役は美奈だ。

 勉強になるからと見漁っている雑誌で、そういう特集を見た覚えが夏樹にもある。ストーリー仕立てになっていて、あくまでも女性へ向けたコーディネートの提案だから、男性モデルにはピントが合っていないこともままある。よく言えば引き立て役、あくまでもモブのような立ち位置だ。

 とは言え、手を抜く気はさらさらない。知識や気合だけでカバーしきれない部分は、カメラマンの一の指示を百にも千にも出来るようにと気を張った。


 撮影は順調に進み、昼休憩を挟み外での撮影に臨んだ。梅雨真っ最中の東京だが、今日は天も味方してくれている。

 駅での待ち合わせシーンやカフェ、最後は夕陽の映える海沿いへと出た。たった数ページの特集でもこんなにたくさんの時間をかけ、膨大な枚数の写真を撮り、そのために大勢のスタッフが動いている。その中で自分は求められるだけの、いやそれ以上の何かを残せただろうか。自信を持つことはまだ難しいが、美奈のワンショットの撮影の後、これで終了だと拍手が起こり胸をなで下ろす。


「夏樹くん、お疲れ様」

「白瀬さん! お疲れ様です! 今日はお世話になりました!」

「ふふ、美奈でいいよ」


 カメラマンや編集部の人々、近くを通るスタッフたちに頭を下げていると、夏樹の元に美奈がやって来た。さすがと言ったところか、疲れた様子は一切見えない。


「ねえねえ夏樹くん、よかったら連絡先交換しない?」

「へ……え、オレとですか!?」

「方言だ、かわいい。どこの出身なの?」

「熊本です!」

「そうなんだ。ね、連絡先。いいでしょ?」


 まさかの展開に夏樹はたじろぐ。思わず後ずさってしまうが、下がった分だけ美奈は詰めてくる。

 そんな簡単に連絡先なんて教えてしまっていいのだろうか。こんな出逢ったばかりの、おこぼれでようやく初仕事にありつけた自分なんかに。

 だが美奈からの申し出だ、断るほうが無礼かもしれない。しばらく考えこんだ後、夏樹は首を縦に振った。


「えーっと、はい、お願いします!」

「やった、ありがとう」


 連絡先の交換を終えた後、手を振って去ってゆく美奈に夏樹も遠慮がちに振り返す。無事終えられた撮影はもちろん、人気モデルとの出来事にも、夢の道を一歩前進出来たような心地になった。

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