今日は海沿いを歩くだけ
うみしとり
今日は海沿いを歩くだけ
ふとした瞬間に、海に出たくなる。
春のピンク色が濃すぎるから薄めようとしたのか。それとも薄く伸びる灰色に、ちょっとしたアクセントを加えようとしたのか。
とにかく私は学校が休みの祝日に、電車に乗って海に向かうことにしたのだ。
期待したほどに人は多くなくて、海岸沿いは人通りが少なくてがらんとしている。そして夕陽が沈んでいく間際に残す光線が、あたり一体に降り注いでいる。
何を隠そう、もう夕方なのだ。
海の家もいちゃつくカップルもいない退屈な浜辺であくびを噛み殺す。
とはいえ海風は心地いいので、しばらく海沿いを歩くことにした。アスファルトの少し濡れた道路を牛ほどの大きさの鉄の塊がびゅんびゅんと飛び去っていく。
雨の残り香は鄙びた街灯の匂いがする。
まっすぐに伸びた道路、波よけにたくさんのテトラポッド。
ふとした瞬間、日光が煌めいてテトラポッドの上にとあるシルエットが落ちる。
それは人型をしていた。
正確には少女の形を。
彼女をじっと見つめていると、それは振り向いた。裸足でテトラポッドの頂点に佇んで、ノースリーブな腕をこちらに伸ばす。
「やあ」
それは言葉を発した驚きで私はしばし思案する。
こんにちは? あるいはこんばんは?
いやはじめましてが先か?
口をついて出たのはそのどれでも無かった。
「君は誰?」
波打ち際、四面体もどきコンクリートに佇む少女はこちらに振り向いて巫女のように告げた。
「僕はテトラポッダー。君は?」
そうか、テトラポッダーか。
自身のアイディンティティに組み込むくらい、そのありふれた波よけを愛してしまったのだな。
「私は……」
普通に自身の名前を告げようとして口をつぐむ。
ここでありふれた事を言ってしまうのは、キャラの強さで負けてしまうような気がしたのだ。
空を見上げるとそれはどこまでも広がるオレンジで、微かに紫色が儚げな混じり合いを見せている。
鳥の声がする、カモメが飛んでいるのだ。
その白い体を色に染めて。
「私はウォーカー」
そう言い放った。
そして彼女に背を向けて歩き始める。
振り返ったら彼女がいない。
そんな気がした。
今日は海沿いを歩くだけ うみしとり @umishitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます