花魔女さんは追放剣士を〝勇者〟にしたい!
九条蓮@MF文庫J『#壊れ君』発売中!
第1話 追放リンチ
「剣士セネト、そろそろ死んでくれないか?」
銀髪緑眼の少女・リナーシャがそんな声を耳にしたのは、いつもと変わらぬ日を過ごしていたある夕暮れ時のことだった。
本来ならこの森で聞くはずのない人間の言葉が聞こえてきて、ふと首を傾げる。
(人間の声、でしょうか……? こんな場所で?)
リナーシャは怪訝に思いつつも、咄嗟に姿隠しの魔法で身を眩ませた。
ここは通称〝魔の森〟。伝説の四大魔女のひとり〝花の魔女〟が住まうとされており、基本的に人間が入って来ることなど殆どない。
実際に、
リナーシャは姿を消したまま、そっと声のした方を覗き込んだ。
すると、そこには透き通るような空色の髪をした剣士、斧を持った大男、盗賊、魔導師の出で立ちをしている男四人の姿があった。冒険者のパーティーのようだ。
〝魔の森〟の奥地までくる冒険者は随分と珍しい。花畑以外特に何もないこの森に、一体何の用だろうか。
そんな疑問を持ちつつも、リナーシャは男達の会話に聞き耳を立てた。
「……? どういう意味だい?」
セネトと呼ばれた空色の髪の青年が、首を傾げた。
育ちが良いのだろうか。見るからに人が良さそうな顔をしているし、身なりも良い。まるで貴族のような剣士だ。
「だからよぉ……お前にはそろそろ死んでほしいなって、言ってんだよ!」
リーダーらしい大男のその声と共に、小さな矢がセネトの太腿に突き刺さった。
彼の体は急に自由を失い、膝を突く。盗賊風の男が吹き矢を放ったのだ。
「貴様……どういうつもりだ!」
剣士は咄嗟に背中の剣を抜こうとするが、体に全く力が入らないのか、その場に崩れ落ちた。
おそらく、かなり強い神経毒の矢を受けたのだろう。
斧を持った大男は下卑た笑みを浮かべて、崩れ落ちた空色髪の青年を眺めていた。
「……ブライソン、これは一体何の冗談だい?」
セネトの質問には答えず、ブライソンと呼ばれた大男は相変わらずにやにやしたまま、彼を見下ろしていた。
「冗談? これが冗談に見えるのか? 本気以外の何ものでもないのだよ」
セネトの言葉に対し、魔導師が冷淡に答えた。
青年は一度魔導師をちらりと見てから、再度大男へと視線を戻す。
「答えろ、ブライソン。どういうつもりだと訊いている……!」
セネトは苛立ちを隠さずブライソンを睨みつけて、再度問い直した。
「おお、恐ぇ恐ぇ。あのセネト様からそんな目で睨まれちまったら、小便漏らしちまうぜ」
ブライソンは尿を我慢するように股間を押さえる仕草をすると、魔導師や盗賊と共にげらげら笑い合った。
「お前とはここでお別れってことだ、セネト。そのためにわざわざこんなところまで来たのさ」
「そんな……」
青年の顔が、悲痛に満ちたものへと変わる。
それはきっと、痛みから来るものではないのだろう。裏切られたことによる衝撃と傷付き。それは、人との付き合いがないリナーシャにも何となくわかった。
「お前みたいな貴族上がりの雑魚なんざ、俺さえいれば──要らねえんだよ!」
「ぐわああああああッ!」
ブライソンが、毒矢が刺さったセネトの足を力一杯踏みつけた。
何かが折れる鈍い音とともに、青年の悲鳴が〝魔の森〟に響き渡る。
(……そういうことですか)
その言葉のやり取りで、リナーシャにも何となく話の流れがわかった。
貴族崩れの青年が冒険者になり、一緒にパーティーを組んでいたが邪魔になった──おそらく、このような流れだろう。
ここ〝魔の森〟は魔物が多い割に花畑しかないような場所だ。彼ら人間にとっては何の価値もない場所であるし、こんな場所に人が来ること自体珍しいとは思ったが、
(人間と関わっても……良いことなんて、ないですよね)
リナーシャは苦痛に満ちた青年から目を背け、その場を後にした。
彼女の背からは、セネトに対する罵詈雑言と彼の悲鳴、そして彼に暴行を加える音だけが、聞こえていた。
憎いのならば、一思いに殺せばいいのに……そうは思うものの、弱者を一方的に弄りたがるのもまた人間の本質。
やはり、人との関わりなど持つべきではない。それは魔女の歴史が物語っているし、この光景を見ても改めて思う。
だからこそ、この一件も不幸を偶然目にしたものとして見なかったことにするのが一番いい。
(でも……)
リナーシャの足が、僅かに止まった。
彼女の背後からは、傷ついたセネトの痛みにまるで陶酔するかのようなブライソン達の笑い声が聞こえてくる。
聞こえないふりをしてそのまま立ち去ろうとした時──ふと、足元で踏み潰された花の蕾が目に入った。足跡からして、きっとあの冒険者達に踏まれたのだろう。
(どうして、人はこんなにも醜いのでしょう? 花はただ、そこに咲いているだけで綺麗なのに)
そんなことを心の中でぼやきながら、リナーシャは屈んで踏みつぶされた蕾に治癒魔法を施す。
ただ、その時──何故か、この野で踏み潰された花の蕾が、あの青年と被ってしまった。
セネトと呼ばれた、あのあからさまに人の良さそうな青年。きっとこのまま生きていれば、この蕾のように綺麗な花を咲かすのではないか、と。
裏切られた時の彼の傷付いた表情が脳裏から離れなかった。木々の間から漏れる悲鳴は、耳を塞ぎたくなるほど痛々しく、森の静寂を切り裂いていた。胸の中には、とてつもなく不愉快な感情が湧き上がってくる。
(……これから私がすることは、きっと気の迷いです。そう、ちょっと研究に疲れてしまって、いつもと違うことをしてしまうだけ。それだけですから)
そう自分に言い聞かせて──〝
彼女の足元には、すっかりと元気を取り戻した花の蕾が、天を向いて今にも花を咲かそうとしていた。
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