その魔獣使い、人類の敵につき。

有澤准

第一章:迷宮編

第1話:勇者は俺じゃない

 どうしてこうなった?


 いくら問えども答えは出ない。

 場所は薄暗く、深い森の中。ただし、遥か先の頭上に広がるのは曇天ですらなく巨大な天井だ。

 地球上にこんな場所はない。ここは自分の知っている世界ではない。


 必死で這いずりながら出口を探す。

 折られた脚を引きずり、血痕を残しながら芋虫のように進む。

 だが、いくら進んでも森が開ける気配はなく、生命の気配もない。


 多分だが、自分はここで死ぬ。俺は激痛で朦朧とする意識でそう悟った。

 あぁ、なんと短い異世界人生だったのだろう――。


**


 時間は少し前に戻り、ついでに世界も現実に戻る。


 一介の大学生である俺、白井行人はその日、単位目当ての退屈な講義を聞きながらその日発売の新しいゲームに思いを馳せていた。

 ファンタジーゲームの超大作、ラストファンタジア7だ。

 俺が最高に愛しているゲームシリーズの5年ぶりの最新作。興奮しない方が難しい。プレイヤーは異世界召喚されて勇者としてその世界を救うという流れのロールプレイングゲームで、最新情報が出るたびに関連ワードがSNSのトレンド一位になっている。


 俺がハマったのは大学に入ってからだったが、半年も経たないうちに全てのタイトルを全クリしてしまったぐらいだ。未だに何度も繰り返しプレイしている。

 今作だと確か、クラス丸ごと召喚された中で主人公一人だけが勇者の素質を持っていて、皆を元の世界に戻すために一人で戦うらしい。胸熱な展開だ。


 何だったら講義をサボってでも朝からやりたいところだったがそうもいかない。自分で言うのもなんだが俺は人並みには真面目な性格だったし、金を出してもらって大学に行かせてもらっている手前無駄にはできないと思うのだ。


 そんなわけで、俺はチラチラと時計を見ながら講義の終わりを待っていた。あと70分。授業は始まったばかりだ。


「――で、あるからにして、現代でも人種差別は続いており」


 退屈であるとはいってもノートを取るのは忘れない。

 自分には友達がほとんどいないのである。この講義は妙にテストが難しいことで有名で、ノートを取っていないと試験は赤点確定。でも友達がいないのでコピーは不可。というわけで妄想は許されても居眠りは許されないのだった。


 何で友達がいないのかといったら簡単なこと。

 将来は田舎の家の牧場を継ぐ予定なので、せめて大学時代は遊んでこいと家を追い出され適当な大学に進学したのが運のツキ。

 ろくに調べもせず……というより、適当な農業関係の大学に来たらそこは私立のFラン大学。いたのはパリピと不良ばっかり。

 ど田舎育ちでろくに都会の流行も知らず、ゲームオタク化した自分がなじめるはずも無く、11月の今になっても友達はほとんどいない。むしろ後ろ指を指されて過ごしている。

 これじゃあ華やかな学園生活など夢のまた夢である。


 まあ、ほとんどいない、と言ったのは友達ゼロではないからなのだが……。


「オホーッSSR召喚演出キタコレ! 課金の甲斐もあったというものでござる! この虹を見るために生きてると言っても過言ではありませんぞ!」


 自分の隣でノートも取らずスマホでソシャゲをやっている体重100キロはありそうな眼鏡の男。

 山田信吾、20歳である。


「見てくだされ〜白井殿〜! 限定SSRの狐幼女ですぞォ!」


 お前はいつのオタクなんだよと言いたい。そのぐらい、テンプレな外見のオタクだ。チェックのシャツにジーパンまで装備している。

 とりあえず授業中にも関わらずガチャ更新が始まったので課金して引いていたらしい。


「……でもそのキャラ、昨日性能微妙だって言ってなかったか?」

「白井殿ォ! 愛でござるよ愛! この世は愛なんでござるゥ!」


 と、反論を述べる山田信吾20歳童貞。


 愛ってなんだ。見た目が好みなだけだろ。

 こいつはゲームしてばかりでノートなんか取らないので頼りにはならない。


「う、うん、そうだな。そうだよな」


 ちなみに俺はソシャゲはしないので、山田の興奮はよく分からなかったりする。


「ところで白井殿。このあとアキバにラスファン7を買いにいくのでござろう?」

「あぁ、うん。一緒に行くだろ?」

「もちろんでござる。ラスファンは聖典ですからな。異世界ファンタジーは鉄板ですぞ」


 と、そこで後ろから山田が小突かれる。


「うるっせーよ、オタク2人。黙ってくんない?」

「ほんとだよ、センセーの話が聞こえないじゃ~ん?」


 そう言ってはやし立てる後ろのパリピ集団。言っていることは真っ当。だが、ここまで興奮している山田が教授に注意されないのは単純に周りがもっとうるさいからである。Fランパリピ大学に静かな講義など存在しないのだ。

 当然、多分だが後ろの連中も授業など聞いていない。単純に言いがかりをつけて絡んできただけなのだろう。


「あ、すみませぬ。少々興奮してしまいまして」


 だが、山田は絡んできた不良の女に対して素直に謝る。決してビビっているわけではなく、こうすることが最善であると分かっているのだ。俺は彼のこういうところは素直に尊敬していた。対し、不良組も興を削がれたようでしらけた顔になる。


「……チッ、きめえんだよ」


 言いがかりをつけてきた不良女は不貞腐れたような表情でスマホをいじり始めた。


 と、そこで異変は起きた。

 ぐらり、と講義室全体が揺れたような錯覚がする。


「地震?」


 思わず天井を見上げる。当然そこには蛍光灯の紐なんてあるわけがないのだが、それはまあ日本人の習慣みたいなものだ。


「いや、白井殿。これは……地震じゃありませんぞ。立ちくらみに近いですな」

「あ、たしかに……でも、二人とも立ちくらみっておかしくないか?」


 言われてみれば立ちくらみや眩暈に近い。視界が歪んでいるような気もする。

 だが、周りを見る限り講義室にいる数十人全員に同じ現象が起きているようだ。

 ふらふらと立ち上がろうとした途端、突然視界がブラックアウトした。


**


 ぐら、とあまり気持ちのいいものではない感覚がして、視界が戻ってくる。

 しかし、目に入ってきた景色が先ほどまでの講義室ではなかった。


「ここ、は」


 思わず声を出すと、自分の周りには同様にキョロキョロと周りを見渡す学生達。教授もいるが、同じように困惑している。


「夢?」

「どうも夢じゃなさそうですなあ、白井殿。突然目の前が真っ白になったと思ったと思ったら瞬間移動したようですぞ。つまりこれは……」


 そう言って山田は辺りを見回す。広い空間だった。高校の体育館を想像すれば良いだろうか。ただ、天井は低く石造りだった。開放感が無いかといえばそうでもなく、壁の一部はテラスのようになっていて外から日差しが差し込んできている。


「あ……」


 そして、床には巨大な魔方陣のようなものがあった。自分たちはその上に立っていたのだ。それに気づいた俺に向かって山田は笑顔で言った。


「……異世界召喚ktkr、ですな!」


**


 さて、そこからの展開は早かった。

 状況を理解し慌てふためく学生達の前に、神官のような服装の男達が集団で現れ、いろいろと説明を始めたのであった。


「はじめまして、72代目勇者の皆様。驚かれているのも無理はありませんが、貴方たちはこの世界に蔓延る魔王を倒すために召喚された使徒。ぜひとも私どもと共に戦って欲しいのです」


 ふむ。

 なるほどな。勇者ではなく使徒と呼ばれた事が気になるが、順当な理由だろう。

 思ったより自分が冷静なことに驚く。いや、むしろ多少気分は高揚している。だってあの異世界召喚だぜ!? 喜ばない方がおかしいだろ?

 ところが、不良たちはそうではないらしい。


「あぁ!?」

「なんでアタシたちがそんなことしなくちゃいけないワケ?」

「え? ……い、いえその……」


 不良の態度に神官もたじたじなんだが。おっと、俺の中では異世界召喚されたらみんな喜んでヒャッホー俺たち勇者だー! となるもんだと思っていたがどうやら違ったようだ。

 しかし、不良の威嚇は世界を超えても効くんだな……。怖いもんな……。


「しかし、あなたたちを召喚したのはスティルゼ神の思し召し……」

「いや、知らんわ、神サマとかいねーよ」

「おい、早く戻せや! 今日バイトあんだけど」

「お、おかしいです……今までの勇者にこんな事は……」


 なぜか神官たちが動揺している。

 72代目ってことは72回目ってことだ。こんな反応ぐらいありそうなものだけれど。


「とにかくですね、異世界から召喚されている使徒様がたには神様から特別な恩恵がありまして……」


 神官は無理矢理話を進めようとしている。

 なんか、大学の講義を若干思い出すな。教授も何とも言えない顔で神官を見ている。


「いや、元の場所に戻せって!」

「そうだよ! オラ!」

「いや、元の世界に戻るには魔王を倒さないとですね……」


 不良たちに詰め寄られている神官が可哀想に見えてきた。チラ、と山田を見ると、彼も思うところがあるのだろう。教授同様に苦虫を噛んだような顔をしていたが、見ていられなくなったのか声を上げた。


「皆さん! 神官殿の言うことをまずは聞いてみましょうぞ!」

「しきってんじゃねーぞオタク! んだよ、魔王って! 早く倒しにいこうぜ!」

「そうだそうだ!」


 わあ、あっけなくスルーされた。しかし、山田はあきらめず食い下がる。


「しかし、今の我々ではきっと魔王には敵いませんぞ!」

「あぁ!? おめーよりは強いわ! やるかァ!?」

「落ち着いてください! そ、そうです、まずはステータス鑑定をしてですね……」


 なんだかカオスの極みになってきているが、とにかくまずはステータス鑑定をするらしい。

 不良たちも魔王を倒すと言っても何も武器が無いことに気付いたらしい。舌打ちしているが、神官に従う事にしたようだ。

 というか、そのままステータスで意味が通じるんだな。言葉も日本語にしか聞こえないがどうなっているのだろう。ゲームみたいな異世界だなあ。


 とりあえず、今はステータスを鑑定するために神官のところにみんな並んでいる。自分と山田は当然のように最後尾だった。先頭はなんだかんだで一番最初にされた教授。そして、自分たちの直前に並んでいるのは黒髪が一人もいない不良三人組である。たまにグループワークで一緒になった気がするが、あまり覚えていない。


「俺よぉ、とりあえず自分の番来たらあのエセ宗教みてえな服の奴ぶん殴ってやんだ。だってよおマジありえねえべ? 俺らに戦わせるとかないわ」

「っべぇー! タイキ短気すぎんだろ! 俺も戦うの無理だわ! オッケー。でもいきなり殴ると怖いじゃん。アイツら見てみ? めっちゃ魔法? みたいなの使ってるじゃん。勝てない。だから最初は口だけにしようぜ!」

「サンセー。暴力反対だわ。自分の立場をわきまえていこう」


 意外と慎重だった。人は見かけによらないのかもしれない。


 一方、俺と山田はというと、一切不安は無かった。

 何せ自分たちはラストファンタジアシリーズをやり込んだ、いわば異世界召喚ファンタジーのベテランである。魔王なんてちょちょいのちょいなのだ。間違いなくこの中で最強の自覚がある。

 山田の方を見ると完全にニヤけている。多分自分も同じような顔をしているのだろう。


「楽しみですなあ、白井殿」

「うん。まさかこんなことになるなんてな!」

「間違いなく勇者の座は我々のものですぞ!」

「はっはっはっはっは」

「はっはっはっはっは」


 なんて言っているうちに準備ができたようだ。神官の杖の先についている蒼い鉱石が輝き始め、教授がステータス鑑定されていく。


「大地の母よ、天空の母よ、大海の母よ。我らは敬虔なる御子。神よ、無限なる書庫を開き、神聖なる叡智を我らに与えたまえ!」


 ステータス鑑定の詠唱らしい。もしかしてあの神官は全員分アレを詠唱しないといけないのだろうか……? だとしたら大変だ。だが、相手のステータスを見るなんてよく考えればチートスキルも当然である。戦場で出来たら圧倒的有利になるだろう。ならばあの程度の制約は当然なのだろう。むしろあの程度の呪文で相手の強さが分かってしまうのなら、むしろ儲けものだ。


「それだけではありませんよ、使徒様。ステータス鑑定にはあの杖も必要です。神の叡智に干渉している法術ですから、非常に難しいのですよ。あの方も専門の鑑定士です」

「おわっ!?」


 そんなことを考えていると、いつの間にか隣に巫女のような美女がいた。脇には大量の羊皮紙の巻物を抱えていた。


「あぁ、これですか? あの杖が出した結果をこの巻物に転写するんです。では!」


 そう言って美人の巫女は鑑定士の方へ駈けていく。俺たちはその姿をしばらく目で追って、ため息をついた。


「さすが異世界でござるなあ、女性のレベルも高い」

「あんな感じの可愛いヒロインがいれば最高なんだけどな~!」

「わかりますぞ〜! いや、年齢的にはちょっと……いやだいぶストライクゾーンではありませんが」

「山田……」


 あの巫女、俺たちよりは年上っぽいけどさあ……。山田の場合は年上好きとか、年下好きとかそういうレベルじゃない。間違いない。

 さて、そんな巫女が開いた白紙の羊皮紙に鑑定士が杖を振るうと、巻物に文字が浮かび上がってきた。教授のステータスデータだろう。学生達も興味津々と言った様子でその巻物を覗き込む。自分達も背伸びしながら覗き込んだ。


『種族:人間

名前:浅井宣久【勇者】

性質:神聖なる使徒

適性:法術士 

階層:「人間領域Lv1」「神聖領域Lv1」

ステータス

基本体力:134

基本耐性:78

エーテル適性:579

エーテル耐性:46

神聖領域干渉限界:0/250

スキル

「叡智への干渉Lv1」「法術適性Lv1」「炎術適性Lv1」「氷術適性Lv1」「雷術適性Lv1」「神聖法術適性Lv1」

固有スキル

「法術威力倍加」「法陣再構築」「神聖の加護」「法術射程延長」』


 ぶっちゃけ基準がないのでよく分からない。だが、神官達がざわめいているのを見ると凄いらしい。そんな俺たちの微妙な雰囲気を感じ取ったのか、先程の巫女が説明を始めてくれた。


「えぇと、そうですね、じゃあまず私のステータスと比べてみましょうか」


 そう言って彼女は懐から羊皮紙を取り出した。彼女のステータスらしい。


『種族:人間

名前:ミラ・バルシュミーデ

性質:神聖なる民

適性:槍術士

階層:「人間領域Lv25」「神聖領域Lv1」

ステータス

基本体力:69

基本耐性:50

エーテル適性:43

エーテル耐性:12

神聖領域干渉限界:0/10

スキル

「槍術Lv9」「武器隠蔽Lv2」

固有スキル

なし』


「こんな感じですね。数値を比べても明らかに使徒様が上回っていらっしゃることが分かると思います。階層、単純にレベルとも言いますが……レベルは私の方が高いのに、です」


 あ、この世界レベルシステム制なのか。

 ますますゲームみたいになってきたな……。


「上から説明していきますね。まずは種族ですね。人間と動物以外にも、この世界には魔獣や、魔物、魔族と呼ばれる種族や魔物が存在しています。我々の敵ということになりますね」


 なるほど、ファンタジーな世界のようだ。やはり他種族というのはこういう異世界に欠かせない。魔物もいるという事はそれらを倒してレベル上げというわけだ。


 周りの学生もほおー、とざわめき合っている。流石パリピ勢、テンションの高さと周りにあわせる能力は一人前だ。誰一人、そういうものと戦うことになるかもしれないのに不安を口にする者はいない。そこまで想像が追い付いていないのだろう。


「性質は一番大事なものです。『神聖なる』というのは神様から認められている証です。国民は皆『神聖なる民』なのです。動物もです。性質に『神聖なる』が無いのは魔族や魔獣ですね。彼らはステータス上『異端の民』になっていることが多いですね。見つけ次第殺さなければなりません」


 物騒だな。

 だが、分かりやすくて良い。鑑定さえしてしまえば敵味方の判別は容易なんだな。


「適性はその人に最も合った職業です。神様のお墨付きなのでその道を目指せば間違いはありません。あと……スキルは純粋に得意技みたいなものですね。ひときわ秀でているものがステータスに表示されます。レベルを上げることでも稀に獲得できますけど、訓練によって手に入れることの方が多いですね。たとえば、ですけど」


 そう言うと彼女は虚空から槍を取り出した。学生達からざわめきが上がる。


「これは私のスキル、『武器隠蔽』です。レベルが上がるともっと大きなものを隠すことも出来ます。こんな風に独特な、そうですね、異世界の方々風に言えば超能力とでもいいましょうか。そういうものがスキルです。『槍術』みたいにスキルの無い人でも扱えるものもありますが、スキル無しよりはスキル持ちの方が圧倒的に強力です。スキルによって加護が追加されるからです」


 そういって彼女は槍を軽く振るった。槍は一瞬で見えなくなって、どこかに消えた。隠蔽というよりはどこか異空間にしまったような感じだ。


「最後に固有スキルですけど、これはとっても貴重です。訓練しても手に入りませんし、レベルが上がった時に偶然手に入ったり、なにか大きなきっかけがあると覚醒することもあります。総じてとても強力な効果のものが多いので、最初から持っている使徒様はとっても優秀で貴重なんです」


 ざわざわとざわめきが広がる。自分たちが優秀。そんなこと、滅多に言われないFラン大学生達だ。そのざわめきは困惑ではなく歓喜だろう。


「俺、俺勇者になるわぁ!」

「私が世界を救ってみせる……みたいな!」

「やっべぇー! っべぇー!」


 沸き立つ学生達。教授もステータスを褒められて嬉しそうだ。

 そして、次々と学生達が鑑定されていく。続々と出てくる固有スキル持ち。


 だが、鑑定が進むにつれ、俺と山田の表情は訝しげになっていく。


「……なあ、山田」

「……ふうむ。ラストファンタジア7とはかなり異なるようですな」


 全員が勇者だった。


 剣士だったり、法術士だったり、槍使いだったりはしたものの皆名前の後ろに【勇者】と書かれている。


「全員勇者かあ」

「まあしょうがありませんな。我々も固有スキルが優秀なことを祈りましょうぞ……おっと、私の番ですな! ではお先に!」


 そう言って山田は鑑定されに行った。次の自分で最後だ。


「おほぉーッ! やはり私は剣士ではありませんでしたか! まあデブですからな! 神獣使い? つまりライダーですかなあ! ささ! 白井殿の番ですぞ!」


 あっという間に山田の鑑定が終わる。俺もドキドキしながら鑑定士の前に立った。


「大地の母よ、天空の母よ、大海の母よ。我らは敬虔なる御子。神よ、無限なる書庫を開き、神聖なる叡智を我らに与えたまえ!」


 鑑定士が42回目になる詠唱を唱えると、杖の先の蒼い鉱石が輝いて自分を照らした。すぐにその光は巻物へと向かっていき、文字を紡ぎだす。

 剣士か、槍術士か、それとも法術士だろうか。わくわくする。


『種族:人間

名前:白井行人【???達の徒】 

性質:???の残滓

適性:魔獣使い

階層:「人間領域Lv1」「神聖領域Lv0」「???領域Lv1」

ステータス

基本体力:10

基本耐性:10

エーテル適性:10

エーテル耐性:10

神聖領域干渉限界:0/999999

スキル

「念話Lv1」

固有スキル

「魔獣敵対無効」「神聖の拒絶」「人間からの乖離」「共鳴Lv1」』


「なんだこれ」


 ステータスがおかしい。一部が文字化けしているし、「神聖なる使徒」じゃない。

 そう思った瞬間、巻物を覗き込んだ巫女が表情を凍り付かせた。


「残滓ですっ!」


 彼女は槍を虚空から取り出すと凄まじい速度で俺の脚を打ち払った。

 ばぎん、と人体から鳴っちゃいけない嫌な音がして、俺は床に叩き付けられ、激痛に悲鳴を上げた。


「がッ!?」

「緊急! 対残滓部隊招集! 転送術士隊急げ! 転送箇所は残滓対策法3項通りに! 『断片達の墓場』です!」


 すぐに神官達が走ってくる。一部は剣を構えており、残りは俺の周りに集まって円陣を組んだ。


「白井殿になにをするのでありますかッ!」


 山田の声が聞こえた。


「彼は『不明の残滓』です! 我々の敵の魔王と同じくらい厄介な存在。神の、人類の明確な敵なのですよ。だからすぐに処理しなければなりません。今処理しなければあとで痛い目に合うのは我々なのですよ、使徒様!」

「そんなっ、白井殿は私の友人ですぞ! そんなはずが」


 そう叫ぶ山田の前に剣を持った神官が立ちふさがる。


「いけません! 使徒様!」

「白井殿から離れてください!」

「あなたは神獣使い。神獣のいない身でどうするつもりです? 御下がりください」

「ぐうっ……処理とはどうするつもりなのですか! 殺すのならば……!」

「殺しはしませんよ。残滓には死後に他の残滓を呼び寄せる性質があります。神殿の真ん中に禁忌のものを大量に呼び寄せてしまっては元も子もありません。ですから、脚を折って迷宮に転送するのです」


 激痛で何を言っているのか分からないが、徐々に自分の周りの地面が輝きはじめるのが見えた。

 暴れる山田が剣士に組み伏せられながら叫ぶ。


「それはっ、迷宮に送り込むということはッ……そんな、何も持っていないのに! 結局死んでしまうではないですか!」

「えぇ、そうですよ」


 最後に朦朧とした視界に入ったのは、必死で俺の方に手を伸ばす山田と、先程までとはうってかわって冷たい表情で俺を見下ろす巫女の姿。


 そして、世界が暗転した。

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