おまけ

 なぜか睨み合う二人を見比べて、セレンが「何かまずいこと言ったかな」と戸惑っていると、広間の方から楽の音が聞こえてきた。

 するとメリーノがすっと欄干から離れて姿勢を正し、セレンに手を差し伸べた。

「どうやら宴最後の踊りが始まったようだ。せっかく来たのだから一曲いかがか」

「え、私は」

「彼女は踊れませんから」

 すかさずクルサートルがセレンの前に立ちはだかってメリーノに微笑む。ただ、碧の眼が殺気立っている。

「初めてでも問題ないぞ。私は踊れないと言う女性の相手も幾度となくしてきたし」

「あ、でもこの服は踊りには……」

「いいえ、慣れない夜会服はともかく、で怪我をしてはいけない」

「なんだ先ほどから。私は彼女の意向を聞いているのであって」

「彼女は探しにきてくれたのですよ。二人で話をしますから、踊りたいと仰るならどうぞ広間にお戻りに」

「別の客と踊るつもりはない。話の時間なら今でなくとも十分あろう」

「困っているのがお分かりにならないでしょうか? 誘われた方は嫌でも宴の主を前にしては断りにくいというものでしょう」

「それは彼女の顔を見ねば分からん。貴殿はまず一歩ずれていただこうか」

 ついでにがっちり掴んでいるセレンの手を離せと言いたいが、目の前の男は冷えた微笑で圧をかけてくる。

 しばらく無言のまま、双方動かなかった。どうしたのだろう、とついにセレンが口を開きかけたとき、カツンと床を打つ音がした。

「何をやってんのかね、こんな隅っこで。そこで無為に睨み合ってるならお嬢さん借りてくよ」

 そう言うと、メリーノの姉はさっさとセレンのもう片方の手を引いて引き寄せ、肩を抱いた。

「あの?」

「ほら、カタピエ流行の服をお友達に教えたいって話してたでしょ。見せてあげる。商人から見本品持ち込まれていくらか余っているからなんならあげるし」

「本当ですか!?」

「もちろん」

 嬉々とするセレンに頷くと、メリーノの姉は男二人に勝ち誇った視線を寄越した。

「というわけで行くわね」

 あっという間の出来事に二人が唖然としているのには気づかないのか、セレンは「お言葉に甘えてくる」と、すでに満面の笑みである。

「フィロがすごく喜ぶと思うから。良かった。この服のお礼もできそうで」

 そう述べると、メリーノの姉に背中を押されて振り向きもせずに広間へ戻ってしまった。

「フィロ……あいつ……」

「絶対わざとだろう姉上……」

 ——惨敗だ……

 力なく意気消沈する男性二人をよそに、楽の音は続く。

 平和なカタピエ宮の夜は更ける。


 ⭐︎おしまい


 この後、クルサートルはメリーノの部屋に引っ張られ、夜通し酒に付き合わされましたとさ。

 お楽しみいただきありがとうございます!

 本編未読の方は関係性がよくわからなかったと思いますが、「月色の瞳の乙女」の本編もお楽しみいただけましたら。

https://kakuyomu.jp/works/16817330667049844136


前日譚のドレスのスピンオフ短編はこちらです。クルサートル、理性がぎりぎり。


https://kakuyomu.jp/works/16818093075368850284


追記

おまけその二に続く。

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