第11話『君は何本まで耐えられるか?』


 右手をショーウィンドウに面する狭いレジカウンターは、低いガラスケースでL字に囲まれ、その中には中古のHDDやらメモリー、CPUの類がずららっと並べられている。

 冬のこの時期、お日様が出ている日中は、比較的暖かな場所であるが、夏は地獄だった。


 まぁ、それはあっちに置いといて、鬼島紀子は苦悶に身を捩らせていた。

 暖房が効いた店内で、例のとっても恥かしい黄色いエプロンもパンパンに。


「ぐぬぬぬぬ……」


 レジカンターに突っ伏すのりこは、恨みがましい目線で出て行く男らを見送るしか無かった。


「んじゃ、店番、よろ~」

「ハッハッハ。じゃね、のりちゃん。いずみちゃ~ん」


 鏡に続き、大きな掌をひらひらさせボビーの愛嬌たっぷりのウィンクが飛ぶが、それを目線で射落とす勢いののりこ。

 帰って来たら内勤を命じられた。それは術者としての調査活動から外された事を意味する。無論、のりこは引き続き調査に就く事を希望していたが、あろう事か支部長の栗林瞳は、調査メンバーとして遅刻魔の鏡と、黒人のボビーを指名したのだ。



 パープルのラメ入りシャツを見事に着こなす長身のボビーは、ほっそりとした黒いラッパズボンをたなびかせ、アフロヘアーもほわんほわん、優雅な足取りで出撃する。無論、上に例のエプロンを纏い。

 その後ろをちょこちょこと追いかけるいずみは、開かれたガラス戸に手を置き、ほがらかな笑顔でお見送り。


「行ってらっしゃーい!」

「くっそ、ざっけんなこのヤロー!!」


 背中に浴びせられたのりこの悪態に、思わずクスリとしちゃう。



「こらこら。女の子がそんな酷い言葉遣い。おじさん悲しいぞ~」


 ポンと丸めたIBMサーバーのカタログで頭を小突かれ、キッと睨み返す先には店長、栗林瞳のまろやかな巨体が静かに佇んでいる。正に静かなる事、山の如しだ。


 徹夜ののりこを強制的に休ませる事とした、この秋葉原支部の支部長でもある。休ませると言っても、内勤である。レジには椅子があるので、そこに座ってろという事である。いわば、窓際勤務だ。

 悲しい事に、ここも下宿先もオヤジの縁故紹介。つまり栗林はギリ未成年ののりこを預かる立場にある訳だ。即ち田舎の山梨県裂石市を出て下宿生活が出来ているのも、半分はこの栗林のお蔭。のりこも、頭が上がらない人物の一人である。


「でもよお~、ひとみちゃん」

「店長と呼べ」

「しぶちん店長ひとみちゃん」

「ほお~、い~度胸だ。貴様の罪を数えろ」

「うひぃ!?」


 ボキボキと常人の数倍はありそうなグローブの如き両手を鳴らし、すうっと微塵の揺れも無く近付く栗林に、雑魚みたいな悲鳴を漏らすのりこ。何が来るか分かっている。分かっているのに、ついつい言ってしまうのは悲しい性と言えよう。

 のりこが身構えるより早く、野太い指が無数に繰り出された。それは無防備な筋肉を指突。俗に言う、一本抜き手と言うや~つ。


「ひと~つ」

「あひい!?」

「ふた~つ、みい~っつ」

「いた、いたい! 痛いって!」

「よお~っつ。くくく……それはな、筋肉に疲労がたまってる証拠よ。ど~れ、次はどの秘孔を突いてやろうかな?」

「悪役! それ悪役のセリフだから!!」


 どっかの拳法漫画みたいにゆるゆるとした動きで両手をくねくねさせる栗林は、冷たい笑みを張り付かせ、またどっかの拳法漫画みたいなセリフを喜々として口にするのである。


「何本まで耐えられるか数えてやろう~。あ、いずみちゃん。今、何時だっけ?」

「えっと、一時でーす」

「ふた~つ」

「嘘ーっ!!?」


 一応、子供の頃からオヤジの道場で粗暴な兄貴らに混じり鍛えられたのりこであったが、この秋葉原支部ではまるで子供扱いだ。やっとうから槍、馬術、手裏剣、鎖分銅、組み手と武芸百般一通りこなし、同年代では敵う者無しでそびえ立った自信という奴が、ガラガラと崩されたものの、それで大人しくなるのりこでは無い。そんなしおらしい性格なら、元から家を出たりしない。

 インチキ野郎の鏡は問題外だが、ボビーと栗林とのこういったやり取りは、食らいつく価値があるとのりこは考えていた。未だ一方的に攻め込まれてしまうのだが。



「なな~つ」

「くっそ! クリリンのくせにー!」


 そんなこんなでいたらガラガラとガラス戸が開き、背中にリュックを背負った若い男が一人、店内に入って来たので、この攻防がピタリと止む。

 無論、接客するのは高校一年生のいずみちゃんだ。


「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃいませー……ぐぬー」

「ほい、笑顔笑顔」


 油断を突かれ、またも栗林に両のほっぺをぐいぐいやられるのりこ。


「あ~……このグラボ、見せて貰えませんか?」

「分かりました! 店長ー! 鍵、お願いしまーす!」

「はいはーい! ただいまー!」


 パッと解放された。


 ガラスケースの商品を取り出すべく、じゃらじゃらと鍵の束をいじりながら、するすると狭い通路を滑る様に進む栗林。どう考えても、あの身幅で通れる筈の無い所も難無く進むのだから、呆れたもの。のりこにはどう考えても謎だった。

 痛む頬をさすりながら、べーっと舌を出す。


「あ……?」


 すると、何となくだが、徹夜の疲労で重かった肩や腰やらが、何だかぽかぽかとして、軽くなった様な感じが……


「まさかね……」


 肩や腰をぐりぐりと回しながら、いぶかしむのりこ。


「お日様の性……かな?」


 まさか、マジで秘孔を突いて漫画みたいに回復させたのかと、一瞬でも思って急いで否定した。



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