第10話『こちら公園前メイド喫茶【みるきぃ☆ている】』


 脱色してる? それとも外国の人?

 初めて「たま」姐さんを見た時の私の印象。

 目はカラーコンタクトで髪と同じ金色みたい。

 大人びててとても綺麗な店長の「たま」さんが、こんな格好で、こんなポーズをするなんて……何て……何て可愛らしいの!?

 ふわっと華やいだ空気が、まるで彼女の周囲だけ黄金に輝いているみたい!


 そんな感動で目をまんまるにしながら、「まなみ」こと新人バイトの花山愛(はなやま・まなみ)は、同じく手首をくっと曲げて、他の娘達と一緒になってまねき猫のポーズ。


 かなり恥ずかしいけど、みんなとやれば恐くないって奴☆

 ほらほら、ぼーっとしてたら「たま」さんの満面の笑み!


「今日も世の中の哀れな独身男性に~、ご奉仕するにゃん☆」


 きゃぁ~!!?


「ご奉仕するにゃん☆」


 一斉にこのフレーズを唱和する。

 これが、ここ獣娘メイド喫茶「みるきぃ☆ている」の昼礼の締めみたい。

 メイド服に獣耳。それだけなら、どこにでもあるコスプレ喫茶なんだけど、ここの特徴は流石に秋葉原!

 このお尻にぴったりフィット! 特性のメカニカル獣尻尾が、コンピューター制御でくねくね動くの! しかもふんわり柔らかでほんのり暖か! まるで本物の尻尾を触ってるみたい!

 そこがこのお店の売りの一つなのよね。ホント、どこで売ってるんだろう? 凄いなぁ~、高いんだろうなぁ~。

 そんな事を考えながら、自分が着けてる長い栗毛の尻尾を撫で撫でしてると、お店の奥の方から「たま」さんの手招きが。


「まなみさ~ん。ちょっとこっちに」

「はぁ~い!」


 まるで操られてるみたいに足が軽い! 自分でも興奮しているのか不思議! も~不思議っ!

 そこには、他に三人が集まってて、私を待ち構えていた。

 これまたアニメの世界から抜け出して来たみたいな、白銀の髪と瞳の、凛とした空気を纏う、言うなればクール&ビューティーな人と、紫の髪と瞳でアニメカラー全開、も~可愛いっ!って感じの人と、あ…良かった、普通の人。これ以上、極上級の美形キャラに囲まれたら、自信崩壊してウツになりそう。


「はい。今日の内勤担当のメンバー。みんなでお店の事を色々教えてあげて頂戴ね」

 優しく「たま」さんに背中を押され、新人研修生「まなみ」は改めて挨拶をとペコリ頭を下げた。胸に留まった可愛いネコさんワッペンに、そう書いてある。


「ふ、ふつつか者ですが宜しくお願いします!」

「それ違うし~」


 ドッと笑う二人。銀の人だけ笑ってないみたい。もう、か~っと頭に血が昇ってどうにかなりそっ!

 目の前、視界の端をみんなの尻尾がゆ~らゆら。


 そこへ、違うし~とつっこみを入れた人が手を差し出してくれた。


「私はアマネ。宜しくね!」

「はいっ! お願いします!」


 すがる気分で目の前の手と、きゅっと握手。きっと相当舞い上がった顔してると思う。


「ミャオだよ! ふつつか者だよ!」


 続いてパープルな人が。じょ、冗談かな? うわっ!? 手ぇ~柔らか!

 握手一つで、何か感動っておかしいかな?

 こりゃ、世の男性諸氏が通う訳だよ。とても同じ人類だなんて思えない! 一体、どういう親からこんな娘さんが生まれて来るんだろう? 不思議不思議。いえいえ、お母様、お父様、決して、決して愛はお二人の子供に産まれた事を悔やんでとか、残念だとか、そういう事を申している訳ではありませんよ。ただ、次元の違いという奴を目の当たりにする事が、最近多いもので、パンピーの私としては落ち込む事やぶさかで無いと申し上げたい気持ちの問題という訳なんですよ。


「ミャオのふつつかさ加減は半端無いからな。真似すんなよ。パイだ」


 ハッと我に帰る。

 そう言って、銀の人は頭の後ろで腕を組んでて、こっちをじっと、まるで睨むみたいに見つめて来る。もしかして、やっぱり変な顔してた?


「パイ。何ですか、その態度は」

「そうだよ! 真似すんなってどういう意味にゃ!?」

「へ~へ~。ま、宜しく~」


 くすくすとたしなめる「たま」さんと、ホッペをぷうっと膨らませて抗議する「ミャオ」さんの二人に、この「パイ」さんってどこ吹く風。


「ねぇねぇ、この三人って……?」


 傍らで全く動じる事無く、この様子を眺めている「アマネ」さんに、私は思わず事情って奴を求めてみました。


「そりゃ、姉妹って設定だから」

「設定?」

「そう、設定……」


 大真面目に答える「アマネ」さんに、愛は困惑を隠せない。

 お母様、お父様、秋葉原ってやっぱりまだ良く判りません。

 顔半分はとほほ~な表情で、設定って何?と尋ねようとしたら。


「それじゃあ行って来るっく~!」

「行って来るにゃん!」

「お客様、いっぱい連れて来るワン!」


 元気の良い、弾む様な声が次々と。カラランとドアベルを軽快に響かせ、アンティークっぽい飴色のドアノブを回し、その向こう、このビルの小さなエレベーターと階段のある狭い踊り場に出て行く、と~ってもキュートな獣耳尻尾のメイドさん達。入れ替わりに、外の冷気がフワッと入り込む。

 手に手にこのお店のチラシを持っている。そう、あのチラシの一枚が、私をここに招き寄せたの。


「行ってらっしゃ~い」


 いつの間にやら奥のカウンターから、満面の笑みで「たま」さんがお見送り。


「「「行ってらっしゃ~いっ!」」」


 少し間をおいてから、一斉に三人が。慌てて後に続き、舌を噛みそうになった。


 そして改めて振り向くと、三人の視線が私に注ぎ込まれている。

 相変わらず、頭の後ろで腕を組む「パイ」さんは、まるで気の無い風情で。


「さ~て。じゃあ、何から教えよっか?」


 それとは好対照に、「ミャオ」さんは一生懸命って感じで考え込む。目を閉じ、額にシワ寄せ、う~んと一うなり。ぱっちり目を見開くと、さも楽しそうに口元をきゅっとさせて、くるりみんなの顔を見渡した。


「先ずは、お帰りの際のご挨拶と、お見送りの際のご挨拶からかにゃ?」


 これにうんうん頷く「アマネ」さん。


「キャラの設定はそれからでいいかな?」


(だから、その設定って何?)


「宿題って事でいいっしょ」


(ううう…「パイ」さんに、宿題を出されてしまった…宿題って、言葉の響きでどうして

こんなに嫌な気分になるの?)


 訳の判らない事が多過ぎて、ちょっと処理オーバー気味に思考停止。


 すると、カランカランとドアベルが鳴る。


「じゃ、私達の後に続いて、真似してね」


 ポンと「アマネ」さんに、すれ違い様に肩を叩かれ、振り向くと、もう三人は戸口の方へと軽やかに進み出、恭しく一礼。


「「「お帰りなさいませにゃん、ご主人様ぁ~!」」」


(あ……みんな、一応猫ちゃんなのね。猫ちゃんっていう設定なのね? そう言えばちらしを配りに、街頭へと出て行った何人かは、確かまた別の口調を使っていたっけ。)


 店の玄関に立つ、二名のご主人様をお迎えに、愛も遅ればせながら小走りで駆け寄り、ぺこり。先輩方のセリフを、少し調子っぱずれの音域で口にした。


(あわわわ……)




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