CINN退魔戦記 ~あきばはら退魔帖~

猿蟹月仙

プロローグ

第1話『眠らない街』


 遠く、列車の走行音が響いていた。

 昼日中は喧騒に満ちていた街も、今や冷やいで空虚だ。


 夜だ。夜だ。夜が来たのだ。

 星や月よりも強く、人工の灯りが全てを薄ぼんやりと浮かび上がらせる。

 都会は夜、眠らない。



 時折タクシーが行き交い、お茶の水の駅前に集う酔客を運び去る。

 そんな光景に混じり、川と線路をまたぐ高架を一台のバイクが渡り行く。

 バイクは右のウィンカーを明滅させ、渡り切った先のT字路へと走り去った。

 一見して、この暗さでも古い型と判る。中型バイクだろう。その古さが、ふとタクシー待ちの男らの目を引いた。


 それだけでは無い。


 一瞬の野性味を帯びた気配。

 マシンに跨る女は、その肉感的な肢体をぴったりとした黒革の繋ぎに押し込め、つま先からてっぺんまで黒一色。闇に溶け込む様な異彩を放っていた。



 向かいのコンビニで、店員が雑誌の入れ替えをしてる様を眺め、クラッチを切った鬼島紀子は、信号の赤を視界の隅に、首を左右に巡らせた。

 右手を下れば、秋葉原。

 この時間だとバイト先はもう閉まってるのだが、誰かしら居る事だろう。もう一つのバイト先は……


「何だ……?」


 小さく呟く。メットの中でのくぐもった呟き。

 フルフェイスのバイザーを上げ、刺すような目線をこの先にあるだろう下り坂へと投げかける。青白い街並みが、音も無く続く。その先へと。


「居る!」


 それは確信に満ちた響き。

 鋭く、爛々と輝く黒い瞳。


「それも近い!」


 そう吐き捨て、乱暴にバイザーを降ろし、信号が青に変わるやマシンを走らせる。

 4サイクルエンジンが唸り、跳ねる様に曲がると紀子は両手を組んだ。

 煌めく結晶が、その腕の動きを追随するかに追う。


「陰気。邪気。人ならざる諸々の気よ……」


 短く息を発すると、パッと四方へと散る残光。その大部分が飛び行く先を見据え、紀子はにいっと笑った。


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