クラスの天使が元男だった

音音音音

天使との初会話

 天使との初会話

 家近くの公園でベンチに座り、浮かない顔をした少女と目が合う。

「お茶とミルクティー、どっちがいい?」

 これが、俺 風凪颯斗かざなぎはやとと彼女 宮島蓮みやじまれんとの初めての会話であった。


 今年高校一年生になった俺は公立 神鶴高校に通っている。ここは県内でも上位の高等学校であり、毎年多種多様なイベントを行うことが魅力である。

 そして何より、この学校には絶世の美少女と呼ばれる人物が五人おり、彼女らは四人の女神と一人の天使と比喩され呼ばれている。


 天使と呼ばれる少女、宮島蓮。特徴的な白茶色のロングストレートの髪は滑らかでサラサラとしており、黄水晶を彷彿とさせる美しく、大きな目と長く、ブリーチのかかったまつ毛。少し低くも透き通るような聞き心地の良い声。誰にでも優しく、柔らかな表情と無垢な笑顔を見せる彼女が天使と呼ばれるのも納得がいく。


 彼女とは同じクラスのため少し遠くでその姿を拝んでいる。彼女の人気は相当で、常に周りに人がいる。とはいえ、俺たち男子軍には警戒心が高い。噂によると、かなりのガードの硬さで二年生の自信過剰イケメンが一瞬にして灰で見つかったらしい。


 学校が始まって二週間しか経っていないにも関わらず、ここまで有名になれるほどの美貌。

 だが、その容姿が完璧すぎる故、見ているだけで十二分だ。そもそも関係を持てる気がしない。

 

 始業の鐘がなり、今日も一日が始まった――。

 

 帰りのHRが終わり、下校時刻になる。特に寄り道もせず、真っ直ぐと家に帰りドアを引く。

「おかえりお兄ちゃん」

「ん、ただいま。彩良さら、帰ってきてたのか」

「うん、今日は部活がなかったから。お母さんも帰ってきてるよ」

「そうか」

 靴を脱ぎ、手洗いを済ませ部屋着に着替える。

「母さんただいま」

「おかえり颯斗」

 今、この家には俺、妹の彩良、母親の3人で住んでいる。

「お兄ちゃん、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど……」

 彩良は昔、学校でのクラスメイトとの衝突、それによるいじめから不登校であった。

 そこに両親のいざこざが重なり、ついには部屋にまで引きこもってしまった。

 そっから、彩良を部屋から出させるために俺も頑張ったもんだ。

 今や元気に学校に行っているが……あいつを外に出すことが出来たのは運が良かったからだろうな。

「数学か。得意分野だから任せろ」

 因数分解か。懐かしいな。

 そんなこんなで時間は過ぎていった。

 

「お兄ちゃん、もう朝だよ?そろそろ起きなー」

 次の日、土曜日だというのに朝早く起こされた。彩良さん、まだ八時ですよ、早くありませんか?

 眠い体を無理やり起こし、うがい、洗顔、トイレを済ます。

「おはよう」

「おはよう、ご飯できてるよ」

 休日でも朝早く起きてご飯を作ってくれる母には頭が上がらない。「いただきます」とご飯を食べ始める。

「そうだ、お使いを頼んでもいい?」

「分かった。食べ終わったら行ってくる」

 「ご馳走様」と食器を片付け、外出用の服に着替える。

 まだ四月の中旬。肌寒さは依然として残っているため、なるべく外には出たく無いのだが……。母の頼みとあっては仕方がない。

「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」

 外に出た途端、風が吹き荒れ肌を震わす。うわっ、やっぱ寒いな。さっさと買い物を終わらせよう。

 

 スーパーからの帰り道、家の近くの公園で白茶色の髪を持つ少女を見つける。

 白く、透き通るような肌と、端正な横顔。蓮だろうか。何故こんなところに?ベンチに座って何をしているのだろう。しかも、まだ寒い時期であるにもかかわらず薄着である。

 様々な疑念と共に彼女を見つめる。


 彼女は抜け殻のように動かず、ただじっと咲き誇る桜を眺めている。その姿には生気を感じられない。

 表情は昔の彩良を彷彿とさせる、暗くて寂しさの詰まったもの。

 

 すると視線に気がついたのか、フッと顔をこちらに向けた彼女と目が合う。

 その目には普段の宝石のような輝きは一切なく、濁り、淀んでいた。

 蓮は俺だと気づいた瞬間、表情をいつもの笑顔に作り変えた。


 心配はするなってか。そんな顔を見せられては無視して帰るなんて出来るはずがないだろう。


 俺は近くの自販機で温かい飲み物を二本購入し、蓮の居る方へと歩いて行く。

「お茶とミルクティー、どっちがいい?」

 蓮は近づいてきた俺に警戒心を強める。

「いえ、喉は渇いていないので」

「別に恩を売ってるわけじゃない。まだ肌寒いだろ。せめて体の中くらい温めておけ」

 ただでさえ薄着なんだ。風邪なんて引いたらどうする。

 彼女も寒いとは思っていたようで、すんなりと俺の言葉を聞き入れる。

「ではお茶を」

 お茶を手渡し、そびえ立つ桜の巨樹に視線を移す。

 いつ見ても立派だな。子供の時から何一つ変わらず、毎春鮮やかに花を咲かせる木。


 冷気をまとった風が吹き、巨樹をバサバサと震わせ始める。

 そんな巨樹から舞ってきた一枚の花びらが風に煽られ蓮の頭にふわりと乗る。

 その桜を反射的に摘み取ってしまった。

 白茶の髪を勢いよく横になびかせ、その大きな瞳が俺をバッチリと捉える。

 とりあえず誤解を解かねば。

「す、すまん。つ、つい反射的に取っちゃって」

 摘んだ桜を見せる。

「いえ、お気になさらず。少しびっくりしましたけど」

「申し訳ない」

 軽く頭を下げて謝る。

 耳元でクスクスと笑う声が聞こえてくる。

「ふふっ、そこまで必死にならなくても。本当に気にしてないですから」

 初めて見るその自然な笑み。普段学校で見る笑顔とは全く違う。

 こりゃ、天使だな。勝手に目が吸い付かれていく。

 俺がじーっと見ていることに気づき、顔を隠してしまう。

「何か顔についていますか?」

「いや、何でもない。なんか悪かったな」

 蓮が不思議に首をかしげる。

「それじゃ俺はこれで。体調には気をつけろよ」

「ええ、風凪さんもお気をつけて」

 いやはや、思いがけない人物に出会った。

 袋を揺らし、帰路につく。

「笑顔、可愛いな」

 口から小さく漏れる。

 自然な笑顔には不思議な魅力が詰まっている。それも美少女となれば、可愛さを認めざるを得ない。

「ただいま」

「お兄ちゃんおかえり〜。遅かったけど何かあったの?」

「別になんもねえよ」

 たまたまクラスの人気者に会えただけ。ただそれだけだ。

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