第6話 異星人狩り

ここでA氏は、意外な事に気がついた。もし自分が普通の人間だったら、やっぱりB氏の事を気味悪いと思っただろう。でも今は、得にそういう感覚は湧き出て来ない。そして確かに彼が言うように、グロテスクという意味では自分の方が余程マシな姿であるにもかかわらず、B氏に対して優越感を覚える事も全くなかった。


容姿の変化は、美醜の感覚自体も変質させてしまうのかな。A氏は酔いのまわる頭でふと考える。


「おっ、珍しい人がいますね」


二人の後から声をかけて来た人、いや異星人もどきがいた。これまた研修施設で一緒だったC氏である。C氏は既にこの酒場でB氏と再会しており、良い飲み友達として愚痴をこぼし合う仲になっていた。


「ほい、タコ星人のお出ましだ」


ほろ酔い気分のB氏が言う通り、C氏はふた昔以上前、いわゆる”火星人”の姿としてお馴染みであった、丸い頭から何本もの足が伸びている姿を呈していた。


三人は再び乾杯をし、旧交を温め合う。


それからというもの、三日と空けず彼らは日常の憂さをこの店で晴らすようになった。同僚の誘いを断っての事だが、彼らとの偽りの酒盛りなど比べ物にならないくらい、新たな友人との集いはA氏にとって楽しかった。研修施設では雑談をする程度の仲だったが、今ではもう、竹馬の友であったかのような付き合いである。


あぁ、この姿になる前だって、こんなに親しく話せる相手はいなかった。これも怪物になったおかげだよ。やっぱり怪物になって良かった。A氏は迫りくる不穏な空気にも気づかず彼らとの饗宴を満喫した。


そんな時期がどれだけ続いたろうか。ある時、C氏が小声で二人にささやいた。


「なぁ、知ってる? 報道は全くされないけどさ、巷では”異星人狩り”がチラホラ起きてるって……」


「異星人狩り? 物騒な話だが、聞いた事ないな」


B氏が酒でピンク色に染まったゲル状の体を揺すりながら、気のない返事をする。


「俺も聞いた事がないよ。どういう事なんだい?」


A氏もB氏に続いた。


「言葉通りの話だよ。”普通の人達”が、異星人の姿になった被験者を襲っているらしいんだ。


ほら、近頃私たちみたいな被験者が増えたでしょう? そうするとこうやって、被験者同士のグループも多く出来上がって来る。それがどうも、普通の人たちには気味悪いらしいんだよね。徒党を組んで、何かやろうとしてるんじゃないかって」


「何かって?」


B氏が、自らの杯に酒を注ぎながら尋ねた。


「それがさ、笑い話にもならないんだけど。被験者がこのままどんどん増えて、一般人を支配しようとしているとか、していないとか……。


もちろん報道管制が敷かれているからテレビや新聞は勿論、ネットでも殆ど話題にはならない。


でも、私は見たんだよ。おとといの晩、たまたま通った路地で、昆虫型の被験者が数人の暴徒に襲われているところを」


酔いも手伝って、C氏は抑え込んできたものを一気に吐き出した。


その言葉を聞いたB氏のゲル状の体の色が、ピンク色から元の青色にサッと戻るのをA氏は見逃さなかった。そして、彼自身もいっぺんに酔いがさめてしまった。


考えてみれば、予想できた話である。肌の色が違うだけでも世界中のあちらこちらで争いが起こっているのだ。ましてや”人間ではない姿”の存在が差別されないわけがない。


「で、どうなったんだ?」


B氏が、恐る恐る尋ねた。


「うん。電柱の影から見ていたんだけどさ、誰かが通報したらしく、すぐに警官が飛んで来たよ。そして暴徒の方を取り押さえた。そんで暫くすると護送車のような車が到着して、連中を残らず乗せてどこかへ消えてしまったよ。


襲われた方は、後から来た救急車に乗って、これまた何処かへ行ってしまった」


C氏が答えた。


「ただ、気になったのはさ。警官のやり方が、余りに乱暴だった事なんだ。一応、民主主義国家・日本だろ? それが何処ぞの独裁国家みたいに、もう暴徒に対して殴る蹴るお構いなしの鎮圧だったんだよ。こんなの見たのは初めてだ」


「うーん」


C氏の手ぶり、いや、何本もの足をつかった足ぶり付きの解説に、A、B両氏はうなってしまった。


社会実験を成功させるために、争いを止めるのは分かる。だが過激すぎないか。そこまでしてしまうと、かえって一般人の不興を買う可能性の方が高いだろう。三人の意見は一致した。


不安を打ち消そうとするように、三人はしこたま酒をかっくらい、店を出る頃には全員がそうとう出来上がっていた。


「さぁ、まだまだ宵の口。もう一軒行こうじゃないか」


B氏がゲル状の腕で二人の肩を叩く。彼が一番悪酔いをしていた。無理もない。三人の中で、一番人間離れをし、しかも一番気味悪がられるのは彼に間違いないからだ。


B氏に強引に連れられて、裏路地の中ほどまで来た時に異変は起こった。


「ちょいと、お兄さん方、ご機嫌ねぇ。こっちへ来ない? サービスしとくわよ」


薄暗い街灯の下に、一人の水商売風の女が現れた。


「おぉ、そりゃ渡りに船だ。さぁ、この女神の加護を受けようじゃないか」


B氏ははしゃぐが、後の二人にはどこかその言葉に無理があるように思えた。


「いや、Bさん。もう夜も更けて来た。明日も仕事があるんだから、そろそろ引揚げ……」


C氏がそう言いかけた時、


「よぉ。まだ、いいじゃねぇか。お楽しみはこれからなんだからよ」


と、女の後ろでドスの効いた声が不気味に響いたかと思うと、路地の暗がりから何か棒のようなものを手にした数人の男たちがヌッと現れる。


異星人狩りだ!


三人がそう直感した時には、女は男たちの後ろへと回り込み、これから始まる残虐ショーを高みの見物でもするかのように薄ら笑いを浮かべた。


「逃げろ!」


B氏が叫んだ。


「逃がすな。袋叩きにしろ!」


暴徒の中のリーダーらしき男が、B氏の言葉を打ち消すように部下に命じる。


「早く!」


B氏は体から何本ものゲル状の触手を伸ばし、戦闘態勢に入った男たちへ絡みついた。


「さぁ、Aさん、こっち!」


C氏がA氏の腕を捕まえて、大通りに向かって引っ張っていく。


「でも、Bさんが!」


A氏はC氏に引きずられながらも、後を振り向き々々、転倒しそうになりながらも人が大勢いる通りへと抜け出した。


「Bさんなら大丈夫。あいつら棒のような物を持っていたけど、Bさんは軟体タイプだから、あぁいった物理攻撃にはめっぽう強いんだ。心配ない」


C氏はそう言いながら、何処からか取り出したスマートフォンを使って警察に通報した。


なるほど、そう言えばそうなのかも知れない。本来被験者は、失われた星で見つかった宇宙人名鑑にある異星人の見てくれだけを写し取った者たちである。その種族特有の能力までは有していない。だがB氏のように、姿形が能力に直結している場合は別なのだ。


A氏は友人の安否を気遣いつつも、路地の入口で警察の到着を待った。いくら奴らでも、これだけの衆人環視の中で暴挙に出る事はないだろうとの思惑もあった。

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