第2話 とんでもない社会実験

「では、お待たせ致しました。ここから本題に入らせて頂きます。


さて、先ほどもお話ししたように、世界は、いえ地球は今や大宇宙時代の鳥羽口に立っています。日々、無人ながらロケットは大宇宙へと飛び立っていますし、人間を乗せた長期航行用ロケットの開発も大詰めを迎えています。


そして……」


司会者は、意味ありげに一息つく。A氏を始め、会場の皆がかたずをのんだ。


「実は宇宙に放った探索ロケットの一つが、知的生命体がいたと思われる星を見つけたのです!」


来場者の様子を伺いながら、司会者が言い放った。


会場は一気にどよめきに包まれる。こんな情報、もちろんテレビやインターネットでも知らされてはいない。


「皆さん、大変驚かれたしょう。皆さんもご存じのように、最新の探査ロケットには小ワープを行う機能が装備されています。その機体が、地球から数十光年離れた星に降り立ち、文明の痕跡を見つけたのです」


喧騒が未だ収まらない中、司会者は話を続けた。A氏も食い入るように身を乗り出す。


「そこは既に打ち捨てられた惑星で、星の住人は移住した後のようでしたが、様々なものが発見されました。星の歴史を始め、様々な技術の痕跡、宇宙の知識に関するものなどです」


なるほど、これは世紀の大発見だ。人類は、このために宇宙進出を決めたと言っても過言ではない。A氏をはじめ、その場の皆がそう思った。


でも、本当なのだろうか? もしかしてこれは何か大掛かりな詐欺か陰謀の一端で、会場に集められた人間はその被害者になろうとしているのではないか?


A氏は、そう考えた。


それはそうだろう。こんな歴史的発見の秘密を、失礼ながらA氏のような何の取りえもない、家柄があるわけでもない者に知らせるのは不自然だ。周りの人間も、そう感じているに違いないとA氏は思った。


司会者は、そんな来場者の不安を見透かしたように、


「皆さん、にわかには信じられないようですね。当然です。そこで話を進める前に皆さんの信用を得る為、この方たちに登壇して頂きましょう」


と言った。


彼が舞台のそでに手を向けると、奥からは思いもかけない人物たちが次々と現れた。


それは何と、日本の総理大臣をはじめとする重要閣僚数人の姿であった。またしても驚く来場者たち。


「皆さん、はじめまして。首相の○○です。本日は……」


誰もが知っている日本の指導者の挨拶を皮切りに、続々とテレビや新聞で見知った顔が登壇する。そして”どうかこの話を信じてほしい。日本の為、いや世界の為に働いてほしい”と熱弁を振るうのだった。


「総理、また閣僚の皆さん。本当にどうも有難うございました。皆さんの熱意は、きっと会場の方々にも伝わったと思います」


司会者が丁寧な礼を述べると、彼らは再び舞台のそでへと退場する。


”おい、そっくりさんじゃあるまいな?”


そんな声がチラホラと聞こえてきたが、いやあれだけ似た人物を複数揃えるなんて無理だろうと、A氏の心は語っていた。


「では話を続けます。とある星で、大いなる遺産を見つけた所まではお話しましたね。先ほども申し上げた通り、そこには宇宙の知識、とりわけ様々な知的生命体の存在を記した図鑑のような物もありました。まぁ、宇宙人名鑑とでも言えばいいのでしょうか。


大方の学者の予想に反して、宇宙は知的生命体に満ちている場所だったのです。


しかし、問題もありました。かなり大きな問題です」


司会者は、少々オーバーな声色を使った。すっかり信用している聴衆はかたずをのむ。


「それは彼ら、親しみを込めてそう呼びますが、彼らの容姿、すなわち見た目です」


聴衆が、再びざわめき出した。


「学者の予測では、仮に知的生命体が宇宙に存在しても、恐らく彼らの容姿は地球人と大して変わらないだろうというものでした。なぜならば、高度な知性を得るには進化の過程が似通っている必要があり、結果として地球人とそう変わらない姿だろうという推測です」


A氏は”という事は……”と、司会者の次の言葉を予想する。


「ところが失われた星で見つかった宇宙人名鑑に掲載されていた知的生命体は、地球人とは似ても似つかない姿の者が大半だったのです。


それこそ今まで絵空事と思われていたような、SF映画や子供の特撮番組に出てくる宇宙人や怪物の姿そのものだったのです」


聴衆は皆、この時、頭の中で有名なSF映画やヒーローものを思い浮かべていただろう。


「さぁ、ここからが本当の本題です。皆さんをこちらへお招きした理由、すなわちお願いしたい事を申し上げます」


司会者が、努めておごそかに言った。



自宅洗面所の鏡に映し出される怪物の顔を眺めながら、A氏は司会者の最後の言葉を反芻する。


それは、


「宇宙を探索していれば、近い将来、必ず彼らに遭遇するでしょう。そして願わくば交流が始まる事になります。でも地球人は、それに対応できるでしょうか。


肌の色の違いすら克服できない人類に、正に異形とも言える他の惑星人を受け入れられるでしょうか。


皆さんには、それを知るための試金石になってほしいのです」


というものだった。


ここから先をかいつまんで言うと、次のような話になる。


将来、姿かたちの全く違う異星人と出会いましたと発表した場合、世界の人々がどう反応するかわからない。下手をすれば受け入れ派と排斥派がぶつかりあい、地球全体に新たな争いが起きるかも知れない。


よってそれを回避するために、地球規模で予めシミュレーションをしたいという話なのだ。


彼の失われた惑星で得た技術を使い、地球人の見た目だけを異星人と同一にし、社会へ放つ。


普通、見た目が大きく違えば中身も大きく違うと判断するだろう。そうなると多くの人が異星人に対して、疑心暗鬼を持つ事態となるの間違いない。


だがその中間として、外身は異星人、中身は地球人という段階を踏めば、大衆も少しずつその姿に慣れ、実際に宇宙人との交流が始まった時に受け入れやすくなるのではないか。地球の指導者たちは、そう考えたという事だった。またどんなトラブルが起きるか事前に分かれば、本番での対応もしやすいだろう。


A氏やその仲間は数日の間施設に留め置かれ、壮大な実験に参加するかの決断を迫られた。そして意外な事に、殆どの者が実験に参加する事を了承したのである。


多額の報酬、生涯にわたる安定した保証。その契約内容がまず大きかった。数年にわたる実験が終わり元の姿に戻ったあとは、「中の上」の生活が一生確約される。また最先端の社会的意義。これも彼らの心をくすぐった。

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