業深き王女様は、転生した異世界で華麗な偶像稼業をはじめたい~前途多難ですが、チートより強いマインドで突き進む~

木曜日御前

第1話 黒いドレスの少女

 暗い地下牢の中、緑色のタキシードを着た少年が、黒いドレスの少女を強く蹴り飛ばした。


「……っ!」

 全身に走る蹴りの痛み。絶叫し泣き出してもおかしくないほどの威力だった。しかし、彼女は叫んだら負けだと言わんばかりに、唇を強く噛んで無理矢理声を押し殺す。

 それでも、貧弱な身体は攻撃に耐えきれず、石畳の上を鈍い音を立てながら転がった。地面で転がる彼女の姿は、十四歳には到底見えないほど・・・・・・・・・・・・・鶏ガラのように痩せ細り、金色の短めの髪はぼさぼさであった。


 少女の現世の・・・名前は、ジャスミン・グリンウォール。この国の第九王女であり、異国の族長の娘を母に持ち、祖父である国王たちに忘れられた存在として扱われていた。


 そして、激しい痛みに悶える彼女を囲む緑色の王族服を着た五人の子供たちは、紛れもない彼女の異母姉や異母兄たちだ。


「ほんと能無し・・・のジャスミンには、その前髪、よく似合ってる・・・・・・!」

 彼らの中でも幼さが残る茶髪の少女が無邪気に笑う。


 ジャスミンって呼ぶな、私はヤスミン・・・・よ。

 勢いのまま叫びたい気持ちを飲み込み、ヤスミンは見上げるようにして、囲む彼らの顔を忘れないよう目に焼き付けていた。


 茶髪の少女の左手はまるでハサミのように変形し、刃の重なる部分には金色の髪の毛がきらきらと絡まっていた。足下には踏みつけられ、汚された髪が散らばっている

 ヤスミンのそれなりに美しく長かった髪は、今では顎下ほどに。毛先は目も当てられないほどガタガタだ。前髪も左目側の一部が不自然にチリチリと焼け焦げ、額は火傷して赤く腫れている。しかし、その下にある美しい青い瞳は、ギッと強い意志が宿っていた。



「そんな目で見ても、なぁんも怖くないのよ」

「ほ、本当に、み、身の程知らずすぎて、野良犬のが分をわきまえてますわ!」

も無ければ、もないってか」

「お兄様、お上手! 脳があるか、頭も切って中身を診て差し上げましょうよ!」

 ただ、囲む残酷な兄弟たちは、彼女の視線に怯まず、むしろ嘲りながら邪気にまみれた遊びを続ける。

 特に彼らの中でも、一番豪奢なドレスに身を包んだ十七歳の少女は、冷たい笑みを浮かべていた。


「本当に無様ね、役立たずの混ざり物・・・・


 他の子供たちも彼女の言葉に続くように罵り、必死に起き上がるジャスミンに向かって、酷い言葉を投げかける。


「まだ、コイツは懲りないのかよ」

 兄である男の蹴りが、彼女の腹を抉る。手加減しているとはいえ、息が止まるほどの衝撃だ。

 それでもなお、何度も立ち上がる彼女に、他の子供は蹴ったり突き飛ばしたり。起き上がりこぼしで遊ぶかのように、地面に転がし続ける。


 幾度となく響く、耳を塞ぎたくなるような鈍い音と絶え間なく聞こえるうめき声、それを掻き消すような残酷な笑い。

 暫くして、彼女で遊ぶことに飽きただろう異母兄姉たちは、彼女を地下牢に放置したまま出て行く。


 普通ならば心を壊しても仕方ないような、地獄のような仕打ち。自分の人生を嘆き、暮らしてもおかしくはない。


 しかし、少女は違った。


 必死に床を両手で押して、身体を少し起こし上げる。口からペッと、血痰を床に吐き捨てた。

 そして、ゆらゆらと炎を揺らしながら、遠のく蝋燭の炎をじっと睨む。


「絶対、この事、覚えてろよ」

 地を這うような彼女の目には、明確な殺意が溢れていた。


 彼女の心は、全く折れていなかった。

 家族からの扱いは前世とほぼ変わらないし、前世よりも身体の治りが早い分、まだマシだとすら思っていた。

 しかし、それ以上に、彼女の心は折れるわけにはいかない理由があるのだ。この人生を賭けても、どうしても叶えなければいけない夢が彼女にはあるからだ。


 ジメジメとした岩畳の上を、匍匐前進しながら進む。

 痛みでチカチカと目の前が点滅していた。


 それでも、彼女の視線の向こうには、汚い牢の階段ではなく、永遠と夢を見る世界が映っていた。


 前世で、自分の生きる意味だった彼の姿。


 ライブハウスのステージの上。

 黒い客席に輝く美しい黄色のサイリウムに包まれ、眩しい笑顔を振りまきながら歌い踊る。

 前世で出会った、地下のライブハウスでアイドル偶像をしていた彼。


『君の瞳に映し出す 輝くStarry Night』

 柔らかく吐息がちな歌声は、上手とは言えないが、そこが良いと思ったんだ。


 とろける蜂蜜よりも甘くとろりと光る極上の男。シルクよりも滑らかで白い肌。

 艶やかな黄金の蜂蜜色の髪、神に愛されたと言っても過言では無いほどの端麗な容姿。私は、幾度となく会場の一番後ろから見ていた。 


 ああ、彼は、最強で最高で、最悪・・なアイドル。


 幸せも、生きる意味も、悲しみも、怒りも、生き様も、全て彼に捧げて、ぐちゃぐちゃにされたのに。


『ヤスミンちゃんさ、いつか俺と最高のアイドルグループを作ろうよ』

 夜の暗闇に包まれた狭いシングルベッドの上、彼と彼女の秘密の微睡み。

 月の光が一等美しく彼を照らし、一糸纏わぬ姿・・・・・・のまま、彼は楽しげに笑う。特別な呼び名と夢を与えてくる記憶が、暗い不幸のどん底にいる現実を簡単に有耶無耶にしてしまうのだから。


「信じ、た、ゆめ、っつか、むため!」

 いつかの彼の歌を、奮い立たせるために口ずさむ。

 あの時、生まれた時愛し方を知らない私は、思いっきり愛し方を間違えた。

 けれど、この過ちごと二度と忘れることが出来ないほどに、私が唯一愛した人。


 彼の笑顔を思い出し、必死に痛みに対して、歯を食いしばり藻掻く。


「絶対に、叶える、これが、運命……っ!」


 何度だって聞いて、歌って、心の支えにした歌詞。

 目を強く見開き、無理矢理言い聞かせるように歌い、なんとか暗い地下牢から出ようと這いずる。

 その夢は、この世界に転生した今もヤスミン・・・・としての心を、必死に奮い立たせ、生にしがみつかせていた。

 例え、前世死んだ理由が、ヤスミンと同じく・・・彼に恋い焦がれた他の女に刺されたからだとしても。


 ヤスミンは、この世界に最強の、をも優に超える偶像アイドルたちを生み出すと、決めていた。

 

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