11.らしさ
あの後はフェロー氏の強い要望で品物を厳選し、テントへの運び込みが終わったのは明け方になってからだ。
ただし、戻って来てからも遺物の調査にかまけて寝ることを怠ったフェロー氏に合わせて探索は午後からになった。
結局その間俺たちが日中の見張りなんかをすることになったのだが。
「へーそーなんだー!」
「ちょっと! 声を抑えてください!」
余裕があるのはナツだからと見張り役に抜擢されるも、いまいち信用されていないこともあってローズが一緒に見張りをしていた。
のはいいんだが、一応休息の時間とはいえ、みんな寝てるんだが。
「それでそれで? どうなったの!」
「だから……はあ」
先ほどあんな態度をとったのに、今はローズにガンガン詰め寄って旅の話を聞いている。
というかそんな声の大きさで話なんてすんなよ普通にうるせえよ。
明るいうちから休むっていう状況がこれまで無かった訳では無いが、遠征中にこうして休んでいるというのは何というか変な感覚だ。
変に目が冴えているというのもあるが、やっぱり外でナツがきゃあきゃあと話しているのがどうしても耳に入ってくる。
しかもなんだかんだで聞き上手なのか、ローズからこれまでの旅路の話を聞いている。
どうやらルセルビアから神晶国に入らずに一度沿岸沿いに西まで行ったそうだ。
神晶国の西側は、東側のように湾になっているのとは真逆で半島のように突き出た形になっている。そこにあるのがエルミーヌという都市だ。
港町らしく漁業が盛んでありながら、周囲に大きな都市が無く、頻繁に西の海を越えた先と貿易が行われている。
そこからいくつかの街を経由し新都へ。更に島南部の輝石信仰の総本山でもあるロクローを経由しネルヴェッタ、フォルテラと旅をして、ストウィッチに来たという事らしい。
西をスタート地点にして南、東、北と神晶国を左回りに回ってきたという事になる。
「一番はどこ?」
「個人的にはネルヴェッタでしょうか。演劇は他にも見たことはありますが、この国は非常にレベルが高いと思います」
まあそれは適正オラクル持ちの演者が多いからだと思う。注目は【演技】系と【感応】持ちだろうか。
実は演技系オラクルは元々は犯罪に用いられてきた厄介なオラクルだったという過去がある。
ありもしないことをさも真実かのように語り、相手に賠償させる、といった使い方ならまだマシだ。
過去巡礼者に扮した【
もちろん表向きはオラクルは平等であることを標榜していたが、流石に信仰を揺るがす事態になりかねないと教会組織からの徹底的な排斥を目的とした人員整理が行われた。
ただこれもあまりに大々的に行われたため演技系オラクル所持者は悪しき信仰者であるというプロパガンダにもつながったのだ。
行き場を無くした演技系オラクル所持者が行きついたのがネルヴェッタであり、そこで教会に対する不平不満をオブラートに包んだ演説が行われ、そこから演技系オラクル所持者によるお遊びのような即興劇がそこかしこで繰り広げられうようになった。
そうしてそこに目を付けたのが当時ネルヴェッタを差配していた貴族家であり、今日におけるネルヴェッタの演劇文化の礎となった。
「おススメはなあに?」
「恋あ、やはり即興喜劇でしょうか。劇場で公演されるのも面白いですが、酒場や大通りでもやっていますし、見やすいものだと思いますよ」
「恋愛劇好きなんだ」
「いえ、それほどでもないですが」
いや、もう恋愛というワードほとんど言ってたじゃん。
そもそもコレ聞いてる俺が悪いのか、大声で話してる外の二人が悪いのか。
「見たことはあるんでしょ?」
「ありますが、その、ネルヴェッタの名作と呼ばれる作品は、こう、心に響きます」
そうしていかに恋愛劇というものが自身に与える影響が大きいかを力説するローズだが、それは多分作品の内容や演技の質以上に、【感応】系オラクルの効果を受けているからだと思う。
【感応】のオラクルは【共有】と似て非なる効果を持つオラクルで、【共有】が単体精度が高いのに対して、【感応】は範囲と数に優れる。
そしてその両方が感情という目に見えないパラメータを自己から他人へと向けることのできるオラクルだ。
ローザが指摘する恋愛劇が良くないというものは、恐らく悲劇に類するもので、感応の効果を受けたからだろう。
身分違いの恋、運命に翻弄される恋人たち、悲劇的な結末。いわゆる定番の作品でも、演者の力量と【感応】による感情の共有が文字通り心に響くのだろう。
「
「っ!」
どうしてあの女はこう、握手をつないでいた手にナイフを忍ばせるような真似をするのか。
まあ俺が今更ジェイとローズの関係性に口を出すつもりは無いが。主従ねえ。
「……貴女は、何が目的なんですか。何かしら目的がなければあんなことはしません、あんなことは出来ません」
掠れて震えていた声を持ち直した。気持ちは分かる。
得体が知れない。正体不明。未知。恐怖して然るべきこと。
「魔銃を持っておきながらそれを使うそぶりも無く、かといって何かを要求してくるわけでもない。何がしたいんですか貴女はっ……!」
俺がナツと会った状況が特殊だったからか、ローズの不安や戸惑いが普通なのだろう。
自分の感覚が狂っている自覚はあるが、ナツという女について分かっていることが現状何もないのだ。アイツが自分のことを明かそうとしないのも問題ではあるが、誰も深く聞こうとしていないのも問題だ。
もちろん魔銃の存在もある。ただ、それ以上にアイツが厄介なのはいつの間にかいなくなることだ。
人の目を盗んでとか、気配を消すのが上手いという訳では無いと思うのだが、そう、急に存在感が希薄になる時がある。
自分で言っていて盛大に的を外している気がしないでもないが、一番近い表現なんだとも思える。
「何も。強いて言うなら、人間観察?」
はあ? テントの中で思わず声に出しそうになる。
只々他の人間を見て観察して、それだけか? 人のことを観察するということはその人間の情報を奪う、ないし取得するためにすることのはずだ。そうであるなら。
「何のために、何が欲しくて、何故私達にそんなことを……っ!」
「貴方たちが一番面白そうだったからだけど?」
「っ!」
人の事情に首突っ込んで直視はするけど、足を踏み入れることなく、何も言わずにいる。
商人の駆け引きの間にずかずか入り込んでいつの間にか仕入れた予算や目的、用途なんかをばらしてニコニコその隣に立ち続けてるようなもんだよな?
こいつ何してんだ、本当に。
「人って難しいよね。浮かべている表情と内心が反発してたり、発言と行動が矛盾してたり、不合理なことばっかりしてる。ねえ、なんで?」
「なん、で?」
「そう。あなたは好きなのに、好きじゃない表情をしてる。悲しいのに笑ってる。何でかなって。だから観てた」
内容は子供のような純粋さを持って、行動が大人の悪辣さでもって行われていることに目を瞑れば事実を指摘しているだけなんだろう。
ただそこには当たり前にあるはずの遠慮や危機感が無い。
図星を突くという行為は大抵の場合、相手を責める手段になっている。責められれば大抵の人はいら立ちと共に罪悪感が湧きたち、感情の針が振れる。場合によっては振りきれる。
だからこそそこには気遣いというものが生まれる訳で、円滑なコミュニケーションをとるためには踏み込み過ぎず、あえて触れないなんてことが求められるわけだ。
ナツという女だってそこは知ってはいるはずだ。事情を勘案するくらいには空気だって読める。
二人きりだったからか? 今なら遠慮しなくていいと思ったか? 馬鹿め、貴族の坊ちゃんと隙の無い立ち居振る舞いをしている女の役割なんて、茶化す話術でもなければ触れちゃいけないことの一つだろうに。
「……っ! ……貴女に、何が分かると……っ!」
「何も。わかんないから観察してたわけだし?」
血を吐いて蹲り出来得る限りの呪詛を吐き出しているかのように押し殺した声。
そしてそれを無に帰すようなあっけらかんとしたナツの返しよ。
「殺意を持って相手を害そうとするのは理解できる。憎悪でもって殺意を抱くのは分かる。利益のために協力するのも分かる。道理だもの。じゃあ貴女は? 好きだから愛するのよね?」
「立場がある! 役割がある! 恩がある! 人はそんなに単純ではない!」
「単純でしょ。あなたが複雑にしてるだけで」
「そう、だとして! 空腹だから食事をするといった簡単な構造ではない。人は獣では無いのだ」
ローズのトーンが落ち着いた。ナツに毒気でも抜かれたか?
「人は生まれながらにして差がある。生まれついたものである以上、それを嘆いたところで仕方ないことなのです。そして関係性とは簡単に構築できるものでは無いのです。時間をかけて少しづつ作り上げるもので、それだって出来るものと出来ないものがあります」
これアレだ。ナツを子供として置いたな。立場を明らかにしたことで明確に上下をつけるようなやり方だ。冷静になるために役割を振っただけとも言える。
「それって何か関係あるの?」
「だからっ」
「好きを伝えるのってそんなに難しいの? 差があったらダメなの?」
思いを伝えるのは結構勇気のいることだと思うがね。
こと恋愛事に関しては一方的なだけでは片手落ちにしかならないわけだし。
「……世の中には、愛されると困るという人も、いるのです」
ローズの声は小さかったが、その胸の奥から絞り出すような声は、どこか祈るようでもあった。
午後の探索ではあらためて神殿周辺の探索をした後、翌朝麓まで戻るという判断に至った。
フェロー氏曰く期限だからと言っていたが、その表情が発見した遺物類の研究調査がしたいのだと雄弁に告げていた。
もちろん俺としては異論など無く、明朝下山することになったが、するべきことがあると判断した。それも出来るだけ早く。いや、今更ではあるのだが。
「お前さ、アレはどうなのよ」
「アレって?」
まあ俺にしっかり聞こえていたということにローズがどう思うかは考えないことにして。
ただここで
「今朝だよ。散々ローズ煽ってたじゃねえか」
「煽ってた? 私が? ローズを?」
無自覚ですかそうですか。
「相手の過去に触れる時は慎重に。人の心の中に土足で踏み込むなんて感心しないぞ」
「へー」
「興味なさげだな。お前は何が知りたかったんだ?」
ナツを知るためには、こいつが何を求めているかを知ることが一番だ。
自分のことは語らないくせに、自分の要求は通そうとするからな、コイツ。
「私の何が知りたいのか言えばいいじゃない」
「分かりやすくて大変結構。そこは、何でも聞いて、くらいにしておくと話がスムーズだぞ」
「お兄さんは私じゃなくて、私の旅の目的が知りたいんでしょ?」
「それも一つだけど、その答えに納得するにはお前自身の情報も必要なんだよ」
「なんで?」
「そうだな、じゃあこうだ。お前が綺麗なドレスが欲しいと言うのと、俺が同じものを欲しいと言うのでは意味合いが違うのは分かるか?」
「えーと? 私なら着るため? お兄さんなら……着るため?」
「絶対に違う。そこはプレゼントにするとかだろどう考えても」
「でも別にお兄さんが着たいんだったらドレス着ても良いよね?」
「着たくないし着ようと思ったことも無いしこれから着るつもりも絶対に無い。とにかく、お前がドレスを欲しがれば相手の商人は納得するが、俺が言ったところで何で、となる訳だ。お前にはその観点が無い」
「つまり?」
「秘密ばっかりじゃ人に信用されないぞってこと」
「別に良くない? 商人なら金への信奉があるでしょ」
「すまん例えが悪かったかもしれん」
「なんとなく言いたいことは分かった。でも私には必要ないかな」
ここまで聞いて必要ないと思えるくらいなら、正直何を言っても無駄な気はしてくる。
要は、こいつにとって他人には価値を見出せない、周囲からどう思われようと関係ないと言っているのだ。
それは、なんとも、生き辛いだろうに。
「まあ、お前の考えに口出しするつもりは無いが、それだと今の社会では大変だぞ」
「そう? 私は思ったより楽しんでるけどね、人間社会ってやつ」
それは良かった。
「それよりお兄さんは? 人間社会、楽しい?」
「俺なりに楽しんでるよ」
「期待してないから?」
チクリと俺の心の端に、ささくれがたったような気がした。
ああ、こいつは本当に無遠慮に触れてくる。
湧き上がってきたのは反抗心と悪戯心と、僅かな嗜虐心。
「そういうとこだぞ、魔女さんよ」
ナツは勝ち誇ったような笑みで俺に微笑んでいた。
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