龍の子、美味なるご飯を食わんと欲す。

こはる

ちまきがたべたい!

第1話 王様、反抗期

「して、魏寧ぎねい。これ以上の申し開きはあるか?」


 国王が執務する宮殿・龍政殿りゅうせいでんで、男の明瞭めいりょうな低い声が響いた。濃い紫の派手な衣装を身にまとった端整な顔の四十手前の男が、不機嫌そうに縄につながれた五十過ぎの肥え太った男を見下ろしていた。四十手前の男は、ぱん、ぱん、ぱん、と扇子で手のひらを繰り返し打っている。威圧を与えるように。


 肥え太った男は、震えあがりながら、「ございません」とうずくまる。


「ええ、主上を害し奉ろうとしたのはこの私でございます!!」


 四十手前の男は整っている口の端をつりあげた。


 珠理しゅりは玉座でその様子を見ながら、ぼんやりと両手を見た。

 珠理は十五歳の国王。女だが、衣服に頓着しないので男装している。派手な衣装を着て断罪している男は珠理の父親。「国父」とよばれる執政・瑛傑えいけつ

 断罪されているのは、大貴族の一人、魏寧。


 昨日、散歩中に屈強な男に襲われかけた。幸いことなきを得たが、その際、屈強な男は拷問で魏寧の名を吐いた。


 父の執政はその日の夕方に魏寧を捕らえた。それで、今日の朝からここ、龍政殿で魏寧を尋問している。


 しかしながら、珠理は父の行動にむかついていた。もう十五なのだし、いい加減自分で政務をとらせてほしい。父は「まだ十五だ」と反論するが。


 ――魏寧は、私を殺そうとしてたわけじゃないと思う。


 確証があるわけではないが、なんとなく魏寧のつぶらでかわいい瞳を見るとそう思う。

 だというのに、父は勝手に話を進めてしまった。


「では魏寧、さらにとくと調べるゆえ、――禁軍右将軍、これへ」

「は!」


 禁軍右将軍が前に出る。魏寧を、俵を担ぐようにひょいと担ぎ上げ、どこかへ消えてしまった。

 やや猪突猛進な珠理は「やっぱ言おう」と思い、父に向かって反論した。


「父上!」

「どうしました、主上。あと、公の場で『父上』はおやめください」

「……執政、魏寧は悪い人のようには見えなかった。つぶらでかわいい瞳をしていたから」


 父はそれを見て、目眩がしたように目をまたたかせ、そのあと失笑した。馬鹿にされた気分がする。


「主上、なりませぬなあ。もう、ちゃんと調べました。お聞かせしましょうか。魏寧は数カ月ほど前、ある程度の自分の配下を野に放ち、信用できる配下だけを残した。武器を輸入した。また、北部の鉄が取れる鉱脈から、鉄を急いで買い付けている。塩も買い付けている。屋敷からは大量の武器と、主上暗殺計画の概要が書かれたぶあつい冊子が置いてありました。というかあの男、頻繁に妓楼に出入りし、『国王の珠理と龍主の珀琳はくりんとかいう双子のガキをぶっ殺すんだ』と騒いでおりました。父親としては最後が一番腹立ちました」


 まるでかばいようがない。だが、珠理はかばうために頭を働かす。反抗期だからだ。


「しかし!」

「しかしもなにもあったものではありません。奴の謀反はほとんど事実です。これから詳しい話を聞きます」


 父の言葉に、珠理は逆らう言葉を持たない。それが悔しかった。反抗期だからだ。


 ――ああ、父上のよく回る舌と頭を封じたい!!


 珠理は王の礼服、大裘だいきゅうの裳裾を膝の辺りで握りしめながら、うつむいて歯ぎしりした。反抗期だからだ。


 父が追い打ちをかけた。


「主上、龍泰国りゅうたいこくのためでございます。そのために、私は主上を玉座におつけしたのですよ、五年前」


 もともとこの国は龍が治める国だった。しかし、龍たちは人と交わるなかで腐敗した。周囲を頻繁に襲うようになり、乱倫を繰り返し、賄賂など日常茶飯事だった。


 となれば国は破綻寸前となる。それを変えたのは、禁軍左軍将軍の瑛傑の英断だった。彼は謀反を起こし、愛人であった王国の末王女との間に儲けた自分の子たちのうち、姉を玉座につけた。さらに弟を「龍主」とし、祭祀をとりおこなわせた。そして自分は実権を握った。


 国は見る見るうちによくなっていった。


 反面、国王の珠理は十五歳になり、この時期の娘の常として、父親を見るとどんどんと腹が立ってたまらなくなっている。

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