Voice.24

陽キャアイドルの幼なじみがライバルに手をさしのべた件について

 保健の先生が職員室に行き、篠原が体育館に行って、保健室はオレと笹山の2人だけになった。

 笹山が口を開く。


「瀬尾くんは体育館に戻らないの?」

「オレが先に戻ったら、笹山は捻挫してるのにどうやって体育館に戻るんだよ」

「もう。そんなに心配しなくても歩けるよ」

「わかってるよ。だけど、いちおう一緒に戻る」


 オレがそう言うと、笹山はうつむいた。


「……瀬尾くん」

「何?」

「ちょっとこっち来てもらっていいかな?」


 オレは捻挫している笹山の前に行く。


「それで、体育館に戻らなきゃいけない時間になるまで、瀬尾くんに寄りかからせて」

「……わかった」


 オレがそう言うと、笹山はすがるようにオレの制服のシャツを掴んだ。


「……本当はね、今すごく不安なんだ。保健の先生にはああ言ったけど、この足で最後まで舞台に立っていられるか」


 そして、続ける。


「私は主役だから、もし私が転んで立てなくなったらそこで劇が止まっちゃう。そんなことになったらみんなの、お母さんの期待を裏切ることになって失望されるかもしれないって思ったらすごく怖い」


 いつも軽い調子で話している笹山の口から初めて聞いた本音で、いままで笹山を見てオレがかすかに感じていた予想が当たった。

 その時。

 保健室の外で、誰かの足音が聞こえた。

 その足音は、少しずつ遠ざかっていく。

 オレはしばらく考えて、言った。


「大丈夫だ。笹山が転びそうになっても手をさしのべてくれる人が居る」


 オレの言葉に、笹山は乾いた笑みをこぼす。


「そんな人居るかな」


 オレの頭に、篠原の姿が思い浮かぶ。

 そして、言った。


「オレはそう信じてるよ」


 ――その後。

 幕があがって、演劇部の劇の本番が始まった。

 笹山はまるで捻挫なんてしていないかのような表情で演技をしている。

 けれど、場面転換で折り返そうとしたところで笹山が右足に重心をかけて転びそうになった。

 その時。

 次の場面から出る篠原が笹山に手をさしのべた。

 笹山は目をみはる。

 そして、微笑んだ。

 それから、演劇部の初めての劇は大成功で幕を下ろした。

 夕方になり、オレは美術部のみんなと体育館で椅子の片づけをする。

 すると、向こう側から笹山のお母さんが走ってくるのが見えた。


「美月!」


 笹山のお母さんは息を切らして、体育館の端で椅子に座っている笹山に駆け寄る。

 笹山は驚いた表情をした。


「お母さん!? 今日も仕事だったんじゃ――」

「学校から『』って聞いて仕事キャンセルして飛んできたら劇に出てて驚いたわよ! もう! 何やってるの!」

「えーっと……たしかに足はひねったけど大ケガはしてないよ?」

「本当に!?」

「うん。保健の先生に診てもらったら軽い捻挫だって」

「どういうことだ?」


 オレが首をかしげると、隣に篠原が来た。


「私、瀬尾くんと笹山さんより先に体育館戻ったでしょ?」

「ああ」

「実はあの時、外で笹山さんが『お母さんの期待を裏切ることになって失望されるかもしれないって思ったらすごく怖い』って言ってるのを聞いてたんだよね。それで、職員室に行って保健の先生に頼んで、私がちょっとだけ大げさに笹山さんのお母さんに連絡したの」


 篠原のイタズラっぽい笑顔を見て、オレは言う。


「本当はだいぶ大げさに言っただろ」

「そうかもね」


 すると、笹山が言った。


「お母さん、仕事抜けてきたの?」

「当たり前でしょ。娘の初舞台を見逃すわけないじゃない。それに今日は――」


 笹山のお母さんは笹山をまっすぐ見る。

 そして、笑った。


「美月の誕生日だから」


 その言葉を聞いた笹山は目をみはる。

 このあいだ笹山のお母さんが予約したケーキは、誕生日ケーキだったのか。


「……覚えてたの?」

「どんなに仕事忙しくても1度だって忘れたことないわよ」

「お母さんは私のことなんとも思ってないんじゃないかって思ってた」

「いつも何もしてあげられなくてごめんね。美月」

「私、本当はずっと寂しかったんだよ」

「うん」

「でも、お母さんが仕事忙しいからって思って、本当はずっと我慢してたんだよ」

「うん」

「本当はずっと、お母さんと一緒に誕生日過ごしたかったんだよ」


 そう言った笹山を、笹山のお母さんはそっと抱き締めた。


「誕生日おめでとう。美月」


 その言葉に、笹山は笑顔になる。

 そして、言った。


「ありがとう。お母さん」


 ――その日の帰り道。

 オレは篠原と笹山と木暮と4人で帰ることになった。

 笹山がゆっくりと歩きながら言う。


「今回のことは、みんなのおかげだよ」

「いや、篠原は笹山のためにお母さんに連絡したけどオレは何もしてない気がする」

「そんなことないよ。瀬尾くんの言葉で、劇に出る前の不安が消えたんだから」

「そっか」

「ねえ、『瀬尾くん』だとよそよそしいから、別の呼び方で呼んでいい?」

「いいけど」

「うーん……たとえば、『』とか?」

「それはダメ!」


 話を聞いていた篠原が間に割って入る。

 笹山は首をかしげた。


「えー? なんで?」

「とにかくダメ! 絶対ダメ! 絶対絶対ダメ!」


 篠原は大きな声で笹山の提案を却下する。

 そんな篠原を見て、笹山は笑った。

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