JPOP~竜の子と小説家~

フリオ

第1話 文学少女 小岩井さん


 教室で本を読んでいた。


 15年。こぢんまりとした人生だった。僕がちんまりとした性格だがら、人生もそれに似た。そんな人生も好きだった。ちんまりとしたものが好きなのだ。こぢんまりとした本のことを、小説と呼んだ。


 放課後になっても、下校時間ギリギリまで教室に残って、本を読むつもりだった。家は少しだけ居心地が悪かった。。叔父は温厚な人で、叔母は僕を過保護に気にかけた。従兄はそんな二人によく似た、ぼんやりとした人だった。


 みんな僕に優しくしてくれるけど、僕はその優しさを素直に受け取れない。

 僕の心はちんまりとしているのだ。


 本は、そのちんまりとした心を肯定してくれる。

 どんな人間も小説に描かれるとちんまりする。



「本が好きなの?」



 僕は本から視線を上げた。机の側に、女の子が立っていた。手には黒板消しを持っている。今日の日直の、名前は確か、小岩井さん。シズカ・コイワイさん。仲間を見つけたときの、嬉しいというような表情をしている。



「昔からね。でも、日本語で書かれた小説は初めて読む」


「そうなんだ。海外の人なの?」


「生まれはね。でも、両親は日本人だし、幼い頃に日本に来て、もう日本にいる期間の方が長いよ」


「たしかに、日本人の見た目だもんね」



 僕は黒髪黒目の容姿をしている。体格や骨格も日本人の男子高校生の平均とさほど変わらない。黙っていれば、日本人だけど、僕のルーツは日本にはない。僕はローグレイク国で生まれた。



「日本語、読めるの?」


「読み書きはバッチリ。コミュニケーションもできるよ」


「日本人より、日本人だ」



 小岩井さんは驚いていた。


 日本では公用語が用いられている。日本語の文化は廃れ、若い世代には日本語を話せない、書けない、読めない日本人もいる。僕が日本語を読めるのは、両親から不定期的に届く手紙が日本語で書かれているからだ。



「本に興味があるなら、文芸部においでよ」


「文芸部?」


「そう。本を読んだり、書いたりするの」



 どうせ放課後に残っているなら、部活動という選択肢もあるのか。あまり考えたことはなかったけど、小岩井さんに誘われて、文芸部に興味が湧いてくる。文芸部だけではない。他の部活でも良いけれど、本に興味があるし、小岩井さんに誘われたし、文芸部、魅力的だと思う。


 可愛い女の子に誘われて、本を読んだり、書いたり。


 書いたり?



「本を書いたりするの?」


「そうだよ。君にピッタリだと思う」



 小岩井さんの目には、僕が本を書くのにピッタリに見えるらしい。

 僕の目には、小岩井さんこそ本を書くのに相応しい見た目をしている。


 文学少女・小岩井さん。


 小岩井さんはこぢんまりとしている。やっぱり僕もこぢんまりとしているから、本を書くのが似合うのだろうか。僕と小岩井さんのこぢんまりは似ている。ただ、小さく丸くなっているのではなく、自分の内側に、個人を確立している。心をきゅっとちんまりさせる。哲学的ちんまり。こぢんまり。



「僕のこと、そんなに知らないでしょ」


「知ってるよ。海外で生まれて、日本に来たの。日本人よりも日本人。あとは、昔から本が好き」



 小岩井さんは僕に関して知っている情報を指折り数えていく。


 全て、先ほど話した内容だった。

 これは小岩井さんの冗談だろう。

 

 本が好きというだけで、本が書けるほど甘くはない。



「それだけで、ピッタリなの?」



 小岩井さんは首を横に振って否定した。

 薬指を曲げる。

 僕について知っていることが、まだある。



「名前は、千巻 藤糸郎くん」


 

 トウシロウ・チマキ。

 小岩井さんは僕の名前を知っていた。



「魔法が得意な男の子」


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