神さまのモラル

くにざゎゆぅ

第1話

 男は歓喜した。


 八階建てのビルの屋上に仁王立ち、月のでていない闇の空へ差し伸ばされたその両手は、嬉しさのあまりに小刻みに震えている。男の見開いた両眼は、ぎらぎらとした欲望のために充血していた。

 彼の咆哮が、闇夜を裂いて静かな住宅街へと響き渡る。


 力と同時に、それに関する情報とルールが、男に与えられた。


「――おれを選んだとは、神は見る目があるようだ……」


 神からの贈りものとなる大量の知識が一気に脳内へと流れこみ、その内容をどうにか把握した男には、もう怖いものなどなかった。


「自分の中で最大値となった能力をさらに超える――上限突破には、同じようにその力を神から与えられた者から奪えばいいのか……。奪えば奪うほど能力が増える。能力を奪われた者は、その代償に感情がなくなり、鼓動を打つだけの人形に成りさがる……。それが、神が与えた唯一のルール」


 男が次にやるべきことは、すぐに決まった。

 いままで汗水流して働き、滲みこんだ汚れが落ちない指先をじっとみる。その手を、ぎゅっと握りしめた。


「――この力で、おれはこの世界を支配する。怖いものなどない。立ちはだかる能力者から、その力を奪えばいいだけのこと」


 どうにも抑えきれない悦びと狂気が、男を内側から駆りたてていく。


「そして、力を奪って、奪って、奪い尽くして! いままでおれを蔑んできたクソどもを見下してやる!」


 男は口をゆがめるように、にんまりと笑った。


「おれは人間の中で、もっとも神に近い王となってやる!」




 興奮冷めやらぬ男は、さっそく、与えられたばかりの能力を使ってみたくてたまらなくなる。


 鼻をうごめかした。

 ――いる。

 こんなにも近くに、同じ能力を有するものが。男と同じ、この世界の空気を吸って吐いて活動している。ここまで、力が放つ甘い匂いが漂ってくる。


 耳をそばだてた。

 ――いま、家屋の外にいて、わき目もふらずに歩いている。

 カツカツとたてる足音はハイヒール。だとすれば、先ほどの匂いといい、間違いなく女だ。


 その方向へ顔を向け、瞳を凝らした。

 ――見つけた。

 たった九十キロほど隔てた、こんな近くに手頃なターゲットが。髪の長い気の強そうな顔つきの、おれ好みの極上そうな女が!

 

「手はじめに、やわらかそうな子ヒツジからいただくとしようか」 


 下卑た笑いを口もとへ刻みながらつぶやくと、男は舌舐めずりをした。

 そして、おもむろに八階建てのビルの屋上から、明らかに重力を無視した跳力で飛びあがる。


 そのまま男は舞うように、暗黒の夜空へ踊りでた。


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