血肉を貪るメスガキ吸血鬼と不毛不死の屍男
海凪
第1話 二人の暗殺者
「死なないハゲってさぁ、不老不死じゃなくて、不毛不死だよね」
「…………」
「って、もう毛根は死んでるか! あっはっはっはっはっは!」
また、始まった。
いつもの弄りに対して、男は運転をこなしながら、小さな溜め息を吐く。
対して、後部座席に座る金の長髪を束ねた少女はけらけらと、彼の後頭部を眺めながら笑みを浮かべていた。
一体、もう今週で何回目だろうか。何度注意しても、彼女はその男の頭部の軽口を止めることはなかった。
今のご時世、身体的特徴を揶揄するという行為は非常に
「おい、なに無視してんだハゲ。今日は一段と暗いな。頭はいつも明るいくせに」
「…………」
「育毛剤の副作用で、髪だけじゃなくて感情も失ったのか? 元気出せよ、ハゲ。お前には私がいるんだから」
「……少し、黙っていてくれないか。やかましい」
男は若干の苛立ちを込め、ぼそりと呟く。
「あんっ⁉」
その予期せぬ反撃が、少女の癇に障ったらしい。
ドスンと、運転席に鉛玉が撃ち込まれたような衝撃が走る。どうやら、蹴りを入れてきたようだ。
「……おい、運転中だぞ」
「調子乗んな、ハゲ! 死ね! 毛根ごと消えろ!」
更に、男の後頭部を何度も平手で叩く。男の頭部は毛髪が一切ないため、彼女の衝撃直に伝わり、ぺちぺちと軽快な音が車内に響く。
「ちょっと頑丈だからっていい気になるなよ、ハゲ! 私だって不死身なんだからな! しかも、中途半端なお前とは違う! 私の方が強いってこと忘れるなよ!」
まったく、これだから
「ぜぇ……ぜぇ……ちょっと疲れた。休憩」
数十回、男の後頭部を叩いたあと、少女は疲れたのか、シートにもたれかかる。
「……相変わらず、体力がないな」
「るせぇ。こっちはお前と違って脳筋じゃないんだよ。私は頭脳派なの」
「……
思わず、男は少女の体力を嘲笑う
「はぁ⁉ 喧嘩売ってんのかぁ! ボケェ!」
少女がその一言を聞き逃すわけもなく、口を大きく開き、男の後頭部目掛けて――噛み付いた。
「んっ――んっ――」
その鋭利な牙は皮膚を貫き、少女は喉を鳴らしながら、男の血液を貪る。
「……おい、噛み付くな。運転の邪魔だ」
しかし、現在進行形で血を吸われているにもかかわらず、男は平然としながら、運転を続けていた。
「……ぺっ。やっぱマズいわ。お前の血。腐ってる」
「分かっているなら、吸うな」
数秒、吸血を続けたのちに、少女は唾を吐き捨てる。
「はぁ~……しっかし、そろそろまともな血が吸いたいなぁ。やっぱ、十代の処女の血が一番なんだよな。もう
その一言に、男はルームミラー越しに、少女を睨みつけた。
彼女もすぐその視線に気づいたのか、目を逸らすように窓の風景に視線を移す。
「……冗談だって。そこまでするほど、私も落ちぶれてないし。はぁ、また今度、献血所からパクってこよっと。鮮度が落ちるから、直飲みがベストなんだけどなぁ」
名残惜しそうに、記憶に刻まれた極上の血を舌で思い出しながら、少女は物思いに耽っていた。
男にとっても、その心情は分からなくもない。確かに、若い女の身体というのは――格別だ。
「……おい、そろそろ到着するぞ」
「ん? もう着くの?」
「あぁ、見えてきた。あのアパートだ」
男は目的地であるアパートを指差す。確かに、そこには事前に資料で確認していた建築物と瓜二つだった。
アパートの前で車を停車する。こんな場所で停めてしまっては警察に駐車違反切符を切られ、六十ドルの罰金を払うことになるが――滞在時間は十分にも満たない。心配は無用だろう。
「さて、と。んじゃ、お仕事の時間だ」
「……あぁ」
*
チュウ――チュウ――
アパートの一室に、ストローでジュースを啜るような、液体と空気が混ざった音が響いている。
「ふう、これで全員血抜き完了っと」
少女は吸血対象である人物の首筋から口を離し、ゴミを扱うかのように床に叩き捨てる。
そこには三人の人間が転がっており、皆、顔は真っ青に染まり、既に絶命している様子だった。
「さすがに一気に四人も吸ったら、お腹パンパンだわ。じゃ、あとはお前の仕事な」
「分かっている」
少女の吸血行為を眺めていた男は立ち上がり、死体の前に立つ。
そして、大口を開き、その肉を捕食し始めた。
グチャ――グチャ――
今度は肉と骨が粉砕される音が響く。男はものの数十秒で腕二本分の肉を平らげ、大腿部に手を付け始めていた。
「しっかし、今度のやつも相当な極悪人だよねぇ。集団強姦の常習犯だって。被害者は最低でも数百人。未成年の頃に被害者を誤って殺害。でも、親がずいぶんと金を積んだみたいで、数年で出所してるとか」
少女はソファでくつろぎながら、物言わぬ骸になった罪人の罪状を読み上げる。その間も、男はただひたすらに食事を続けていた。
「まったく、私たちがいくら仕事しても、こういうクズってのはいくらでも湧いてくるよねぇ。人間の法律はどうなってるんだか」
彼女たちが処分した人間の数は両手の指の数をとうに超えている。しかし、一向に仕事が減る気配はない。
「……終わったぞ」
男は口元の肉片を拭きとり、少女に合図する。そこには既に原型を留めておらず、頭と僅かな骨格だけを残した残骸が転がっていた。
「じゃ、この死体袋に詰めておいて」
少女が差し出した紺色の塩化ビニール製の袋に、男は無造作に残骸を放り込む。その袋のサイズは大人一人分といったところだったが、ここまで体積を減らせば四人分の死体でも充分に収まるだろう。
「それにしても、人間の肉ってどんな味がするの? 私、血は吸うけど、肉は専門外なんだよね」
その様子を眺めながら、少女は興味本位で男に尋ねる。
「……ある人喰い部族が、人間の肉の味をこう例えたそうだ。長いブタと」
「豚肉みたいな味ってこと?」
「……あぁ、それに非常に近い。だが、豚肉と違って、個体による味の差異が激しいな。年齢は若ければ若いほどいい。男は淡泊な味、女は肉が柔らかく、脂が乗っている。だが、肥満体はダメだ。中肉中背がベスト。白人よりは黒人、黒人よりは黄色人の肉の方が美味だ」
「ふうん。つまり、一番うまいのは若い黄色人の女ってことね」
「そういうことになるな。終わったぞ」
全ての作業が終了したことを男は少女に伝える。これで、あとは撤収するだけ。彼らがこのアパートに侵入して僅か八分の出来事だった。
「よし、じゃあこれでお仕事終了……ん?」
その時、少女はテーブルの上にあるDVDが転がっていることに気付いた。興味本位で、それを拾い上げる。
「へぇ。面白いのがあった」
「なんだ、それは」
「〝スナッフフィルム〟って知ってる? ほら、ギャングとかが殺人の様子を撮影したってアレ」
「……あぁ」
「ひと昔前は都市伝説扱いだったらしいんだけどさ、今ではその手のスナッフって特に珍しいものでもないんだよね。探せばネットにいくらでも転がってるし。でも、その中でも、ネットに流通してないやつはレアモノ扱いされてて、高値で取引されてるらしいんだよ」
「それが、そのDVDか?」
「そっ『Gary Collection』。十年前に捕まった映画監督で猟奇殺人鬼のゲイリー・バーグが殺した十六人分の殺人の様子が撮影されたスナッフフィルムで、何でもめちゃくちゃ高画質で質が高いんだとか」
「……悪趣味だな」
率直な感想を、男は吐き捨てる。そんな下劣な映像を有難がるというのは、到底理解できない。
「でも、評価がいいってことはちょっとは面白いもんじゃないの。高値で売れそうだし、これは戦利品として貰っておこっと」
「……好きにしろ」
男と少女はアパートから退室し、車へと乗りこむ。トランクには先程の死体袋が詰め込まれているが――誰も、四人分の死骸も乗車しているとは思わないだろう。
「ハゲ。私は先に家に帰ってこのDVD見るから、お前はあの
「そのくらい、自分で――」
「んじゃ、よろしくぅ。買ってこなかったら、お前が寝てる時、頭に永久脱毛レーザー当てるから」
その一言で、男は押し黙ってしまった。
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