かぞくはとてもたよりになるね


 ボクの願いは、一時間後に叶うことになった。


「アスティさん、と言ったかな」


 帰宅した父は、リビングで対面に座るアスティを睨み付けてる。アスティも姿勢を正して、父をまっすぐに見ていた。


「どうにも、勝手をしてくれてるね。困るんだよ。今じゃ日本は大混乱だ。どうするつもりかな?」

「ごめんなさい……」


 おお、さすが父さん。真面目にアスティを説教してる。女神相手でもひるまない、さすがは我が家の大黒柱。頼りになるね。


「それで、アスティさん。何か言うことはあるかな?」

「娘さんを私にください!」

「お前は何言ってんの!?」


 結婚の挨拶じゃないんだよ! あと娘さんって言うな! ボクは男だ! 少なくとも心は男だ!

 いやでも大丈夫だ。父さんならしっかりとはねのけて……。


「そう簡単に人にやれるわけがないだろう?」

「私が幸せにします。これでも女神ですから、幸せ間違いなしの優良物件ですよ!」

「なるほど。よろしくお願いします」

「よろしくお願いされました!」

「よろしくお願いするなあ!」


 いや分かってたよ! どうせ父さんもこの家族の一員だからさ! こうなることは予想できてたし、むしろ期待してたボクが完全にバカだったよ!

 でも! 少しはボクを守ろうと思ってくれてもよかったんじゃないかな!?


「しかし、実際のところ、これは本当にどうするべきなんだ? 配信を見ていたからこそ受け入れられたが、そうでなければ女の子になったなんてとてもじゃないが信じられないぞ」

「学校、どうしましょうか」


 ああ、ようやくまともな会話になった気がする。とても長かったよ……。


「いや、学校はどうせ行かないからいいんだけど……」

「でも、今のままだと、行く気になっても行けないでしょう?」

「それは……まあ……」


 行く気になることがあるかと言えば多分ないだろうけど、仮に行く気になっても誰もボクを受け入れてくれないと思う。

 今のボクはとても中途半端だから。精神は男でも周りから見れば女の子だ。さすがに女性だらけの場所になんてボクは行けない。ボクが耐えられないし、精神が男だと分かれば他の人も嫌がるだろうから。

 正直、わりと詰んでる、というやつだと思う。


「安心して! 私が面倒を見るから!」

「姉さんは何言ってんの!?」

「お、俺でもいいよ! 任せて、妹は俺が守る!」

「兄だって言ってるだろ!」


 だめだ、姉弟は本当に頼りにならない! こいつらもう完全にボクを女扱いする気だ! こわい!


「まあしばらくは様子見でいいだろう」

「え? なんで?」

「配信もあれだけ大事になったのだから、政府かどこかから接触があるだろう?」

「あー……」


 それは、そうかもしれない。配信で個人情報なんて出してないけど、今のご時世、調べることなんて簡単だろうから。

 正直、それを考えると余計に気が滅入りそうだけど……。この女神の相手を代わりにしてくれるのなら、かなり助かると思う。是非ともお願いしたい。

 とりあえずはしばらく部屋にいるように、ということでこの話し合いは解散になった。

 …………。話し合いだったかな、これ。いや、もう、いいけどさ。




 部屋に戻る前に、最低限お手洗いとお風呂、というところになって、ボクは気付いた。

 え、これ、どうするの? このまま入るの……?

 当たり前だけど、女の子がどうやってお風呂に入っているかなんて、ボクは知らない。長い髪の洗い方とかもよく分からない。どうしよう。


「…………」

「…………。姉さん。どうしてボクの後ろにいるの?」

「お風呂、でしょう? ね?」

「いや、でも、その……」


 確かに。確かに頼るなら姉さんだ。それは分かってる。分かってるけど……。


「どうして手をわきわきと動かしてるの?」

「どうしてだろうね?」

「…………。よし、一日入らなくても問題は……」

「捕獲! さあお風呂だー!」

「あああああ! やめろー! やめてください死んでしまいます! 主にボクの精神が!」


 抵抗むなしく、そのまま姉さんとトイレとお風呂に連行されました。

 うん。まあ、うん。いろいろ教えてもらったのはよかったけど……。なんだかいろいろと、捨ててしまった気分……。

 意気消沈したまま、今度こそ解散になった。つやつやした姉さんに見送られて、ボクは自室に戻った。




「というわけで、私はリオンさんのお部屋に泊まりますね!」

「いやなんでだよ!」


 解散になって部屋に戻ったら、しれっとこの邪神がついてきてびっくりだよ。泊まりますねって、正気か!?


「ボク男! アスティは女!」

「リオンさんも今は女の子ですよ?」

「精神の話を言ってるんだよばか!」

「リオンさんになら……いいですよ……?」

「くねくねすんなあああ!」


 本当にすごく厄介だよこの女神! 何が厄介かって、本当に見た目はボクの好みそのままなのが厄介で面倒だ。もし町中なら視線で追いかける程度は絶対にしたと思う。

 そんな女の子が目の前に……。


「いや、ないな。やらかしが多すぎる」

「ひどくないですか!?」

「むしろ当然だと思うけど?」


 ただ、この女神が折れるとは思わない。だって、女神だ。思う通りにいかなかったら何をするか分からない。だから、ある程度は妥協するべき、かな?


「分かった。床に寝るならいいよ」

「同じ布団で……」

「調子に乗るな」

「はい。すみません」


 一緒の布団とか、友達相手でもあり得ないよ。バカなのかなこいつ。バカだったわ。

 ため息をついて布団に潜る。今日はもうこのままふて寝してしまおう。


「あら。もうお休みですか?」

「邪魔しないでよ」

「もちろんです。明日も、ありますから」


 その声が、言葉が、少しだけ怖くて。ボクは気にしないようにして布団で丸まった。

 明日は平穏に……だめだろうなあ。

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