橘さんの日記

橘エルイザ

5月6日(火曜日)

 ラーメン屋で、チャーシュー麺を啜っていた時だった。行儀悪く、スマホを片手に、何気なく数ヶ月前に書いた小説のデータを眺めていた。


 自分の書いた短編小説を眺めながら、わたしは最低最悪な昨日を思い出していた。


 時々、過去に蘇る痛烈な心の傷が、フラッシュバックとなって映像として頭に浮かぶのだ。そうなるともう、どうしようもない。


 涙が止まらなくなって、アイスピックで脳みそをぶっ刺されるような痛みが頭中に広がるのだ。息を吸うだけで頭が悲鳴をあげる。まぶたが腫れていく。額が熱くなる。


 どうして自分はこんなに過去の苦しい思い出に囚われていなければならないのか――と思うと同時に、この地球のどこかで、きっと人知れず悲しんでいる人がいるのだろうと思うと、わたしは、もし未来でその人と縁が繋がったのなら少しぐらいは寄り添えるのかもしれない――友達と名乗っても良い存在になれるのかもしれないなと思った。


 だけどやっぱり泣き過ぎで頭痛が酷くなる一方なので、仕方なく冷えピタを貼って眠った。


 効果はあった。まぶたは腫れていた。


 午前中はひたすらまぶたを冷やして、顔のマッサージをして、ある程度マシになったかな――と思った頃には、お昼になっていた。


 お昼を作る気力がない。


 近場のラーメン屋に行って食べに行こう。


 そして民家のような店のラーメン屋に行き、背中を丸めてラーメンを啜る人々の姿を視界に入れながら、窓際の席についた。


 注文したチャーシュー麺を啜り、何気なく自分が書いた短編小説のデータを見て、そういえば結果はどうなったのだっけ――と調べた。


 見つけた。


 コバルト短編新人賞もう一歩に、わたしの名前が。


 それを見た時に泣きそうになった。もう一歩に入ったから、泣きそうになったのではない。最低最悪な昨日を乗り越えたわたしを慰めるような出来事に、心が動いたのだ。


 あぁやっぱりわたしは、創作に生かされている。


 現実はわたしの心を殺しにくるけれど、創作ではわたしを生かそうとする。


 わたしは生きている間に小説家になれても、なれなくても、ずっと創作を続けるのだと思う。そうしないときっとわたしは、生きられないのだ。


 歪。


 こんなことを創作に関わりのない方に話したのなら、きっと受け入れがたく思われるだろう。そんな現実もまた、わたしの心を殺しにくる。


 また明日も本を読み、空想の世界に思いを馳せ、創作に生きる。


 そして最後に。チャーシュー麺、すごく美味しかったです。肉厚で濃厚な味わいのチャーシューと、硬すぎず柔らかすぎないコシのある太麺に、出汁の味と香りがしっかりとした全て飲み干したくなるスープ。


 わたしは作れません。


 作ってくれて、ありがとうございました。これからもラーメン屋さんを応援しています。

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