雷を掘る

雷田(らいた)

第1話

 私の仕事は、雷を掘ることです。ええ、めずらしい仕事でしょう。私の両親も、そのまた両親も、雷を掘るのを仕事にしていました。だから私は、雷堀りの一族と言えるかもしれません。

 雷はたいていの場合、高い山の、固い土の中に埋まっています。これは大昔に空から落ちてきた雷が、土の中に入って、そのまま出られなくなっているからです。誰かがこの土に押し固められた雷を、逃がしてやらないといけません。そうしないと、土の中の雷がモゾモゾみじろぐたびに、山が崩れそうになるからです。私たち雷堀りは、だれも知らないうちに山を助けているのです。

 朝起きると、山に登る準備をします。汗をよく吸う下着の上に、長そで、長ズボンの作業着を着ます。軍手、ツルハシ、スコップ、ロープ、杭、ハンマーは、欠かせない仕事道具です。ヘッドライトつきのヘルメットも忘れちゃいけません。それから、水筒とお弁当を持っていきます。

 仕事は山に登るところから始まります。荷物が重いので、なかなか進みません。朝の空気はさわやかですが、ふうふう汗をたらしながら登っているので、暑くてたまりません。

 ようやく山の上の方に着くと、雷が埋まっている場所を探します。これは非常に難しくて、熟練の技と目が必要とされるところです。雷が落ちたのは何百年も前のことですから、場所を知るのは簡単ではありません。スコップで軽く地面を叩きながら、わずかに地面が震えているところを探します。地面に「響き」があるか、まわりと比べて少し様子が変わっていないか、いろいろな条件を見ながら、雷の落ちた場所を突き止めます。場所を探すだけで、何時間もかかることもあります。

 ここだ、という場所を見つけたら、掘り始める前に登山靴をぬいで、ゴム長にはきかえます。柔らかいところはスコップで、固いところはツルハシで、もっと固いところは杭とハンマーを使って掘っていきます。ここからの仕事は、この繰り返しです。掘って、砕いて、掘って、砕く。

 汗をたくさんかきます。水筒の水はいくらあっても足りないので、いつも何本も持ってきます。お腹が空いてきたら、お弁当を食べて休憩します。このときようやく、辺りを見回して、木の匂いをいっぱいに吸います。山の上でお弁当を食べるのはいい気持ちです。

 自分の頭がすっかり隠れてしまうあたりまで掘り進めていくと、ゴロゴロ、ゴロゴロ、と、かすかに音が聞こえてきます。この音を見極めるのが、雷掘りには大事なのです。いったん穴から出て、電気を通さない素材の上着とズボンを、作業着の上から着ます。軍手もはずして、ゴム手袋にかえます。感電しないように、念には念を入れなければなりません。雷堀りが雷に打たれて亡くなったという事故は、悲しいことに、今までにも起こったことがあるそうです。

 ここからは大変に危険ですから、少しずつ掘り進めます。間違っても掘りすぎて雷に打たれないよう、注意ぶかく。あたりはとても静かで、時おり足元の雷がゴロゴロいう以外には、自分のツルハシのコツコツ、という音だけが聞こえます。掘っている途中でふと顔を上げ、遠くの山を見ると、向こうに真っ黒な夏の雨雲が広がっています。雨雲の中が、ときどきピカッと光ります。音はまったく聞こえません。私は遠い雲の中の雷を眺めながら、静かな雷の美しさにほれぼれします。すぐ足元に埋まっている雷には恐ろしさを感じるのに、まったく不思議なものです。あの雷は向こうの山に埋まっただろうか、それとも雲の中で消えてしまっただろうか、と考えます。きっと、未来の雷堀りがあの雷を掘り起こしに行くことでしょう。私はまた足元にツルハシを振り下ろし、土を掘り起こします。

 一人前の雷堀りには、もうここまでしか掘れない、という加減が分かるものです。その頃にはすっかり日が暮れて、山の中はインクつぼみたいに真っ暗です。足元がビリビリと揺れているのを感じます。もう雷は外に出たくてうずうずしていますから、後は雷が自分で出てくるのを待つだけです。

 穴の外に結んだロープをたどって、やっとのことで穴をはい出します。そうして山を下りながら、充分に距離をとれる場所を探します。ちょうど良い草むらや茂みを見つけたら、その影で姿勢を低くします。雷については、どんなに距離をとっても、とりすぎるということはないのです。それから一息ついて、空を見上げます。真っ黒なゴーグルを付けるのを忘れてはなりません。木の葉が風に揺られて、カサカサと音を立てています。いよいよです。自分が掘った穴の方角を見ながら、今日の仕事の成果をじっと待ちます。

 雷はビカッと光って飛び出します。夜空を切りさき、天に向かって光の柱が伸びていきます。柱があんまり大きいので、山の全部がのみ込まれたかのようです。まるで一瞬のうちに夜が消え、昼間が現れたように見えます。真っ暗で見えなかった木の皮が、足元の草と石が照らされます。それから、作業着を着てゴム長をはいた自分の姿も。私はいつも、自分が舞台の上にいて、突然スポットライトが当たったような気持ちになります。本当は、誰も私のことなど見ていないのですが。ほとんど同時に、音の波がやってきます。雷鳴は耳をつんざかんばかりです。音が体に当たって、ビリビリと全身が痛みます。まるで、自分が雷の一部になったみたいです。私の仕事のことは、だれも知りません。でも、この一瞬だけは、自分がなにかとてつもなく、すごいことをしたように思えます。

 長い時間に思えますが、ほんの一瞬です。雷は空に帰っていきました。私はまぶたを何度も開けたり閉じたりして、雷が去った後の、夜の暗闇に目を慣れさせようとします。恐る恐るヘッドライトを点け、心臓が落ち着くのを待ちます。もう一度山を登って、掘った穴をていねいに埋めるころには、あたりはすっかり元通りです。明日のお弁当のことを考えながら、山を降ります。これで、私の仕事はおしまいです。

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雷を掘る 雷田(らいた) @raitotoko

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