やがて魔王になる義弟を救う方法

さえき

序章1 竜殺しの英雄の死

いずれ世界に仇なす存在がいるとして、それが自分のきょうだいだと誰が思う?

運命と決まっていても受け入れるのは容易じゃない。

しかし彼の行いを目の当たりにすれば、昔々語り聞いた伝承とよく似ていた。


かつて花の都と謳われたエーテルハイム城下街は今、竜と亡者が跋扈している。陥落した王城は帝国兵の亡骸が転がり、辺りは暗い闇に閉ざされていた。

視界を覆うように雪が降り、城内は冷え込んでいる。ステラは祝福とも呪いとも言える竜殺しの業のおかげで怪我こそないが体力は限界だ。ふらついて転んでも一人で立たねばならない。かつて手を差し伸べてくれた旅の仲間たちは皆死んだから。

この事態を止めなくては。突き動かされるように彼女は歩いていく。それだけが自分のなすべきことと信じて。


ステラはようやっと見つけた謁見の間の扉を開け、目を見張った。

式典で何度か見た思い出の、母国エーテルハイムの風を模した紋章が刻まれた、絢爛な玉座に腰掛けるひとつの影があった。

灰緑色の髪が伸び相貌は大人へ変われど、どこか気だるげに頬杖をつくその姿は変わらない。彼は自身を見る者に気づき、うっそりと頭をもたげた。その一連の仕草がまさしく、学生時代に何度も見た弟の立ち振る舞いと一致していた。


赤い瞳がこちらに向いて、視線が合う。


―――ゼクス。


「ステラ姉さん。生きてると思った」


やっぱりストームブラッド......竜殺しはしぶといな。彼はそう小さく呟いて。

ステラも応じるように、腰に下げたバルムンクの柄へと手をかける。抜きざまに床を蹴り玉座へと跳躍する。

空中で身を翻し剣を振り下ろすが、ゼクスは即座に魔法で障壁を張り対応する。特効武器である竜殺しの剣は彼の身体を容易に裂くはずだが、魔力同士が拮抗した後完全に拒絶され、甲高い音と共に刃は弾かれた。

「この惨状は全部あなたの仕業ね」

後退して間合いを取り、ステラは体勢を整える。

透明の障壁越しに、「惨状? 仕業?」ゼクスは嘲笑した。

「真意も知らないでよく言う」

「……真意? あなたはレオノルトを殺した! 罪の無い人も、私の仲間もみんな! 血の繋がったファニアンさえも……!」

糾弾にゼクスは深いため息を返す。

「殺したんじゃない。〝僕の仲間にした〟だけだよ」

その後、彼はまるで指揮を取るかのように片手を上げる。何かを呼ぶような合図だ。

直後、後ろから聞き覚えのある声がして振り返る。

『ステラ姉さん。悲しいことを言わないでください』

ステラは思わず息を呑む。

「ファニアン? どうして……」

彼女が、義妹が生きているはずがない。亡骸は回収できなかったにせよ、自分はその死を見届けたはずで――考えの途中で、恐ろしい予感に囚われた。

「信じられない? 蘇生と傀儡の秘術の応用だ。意識も元に限りなく近い。思考の一部は、僕が支配してるけど」

瞬間、背筋に怖気が走る。

「ははっ。誰も成し得なかった魔法を創った僕は、魔神と呼ばれるに値するだろうね。……でも僕は世界を滅ぼさない。僕の目的はこの世界を統べる新しい国を創ることだから」

ファニアンは隷属を示すかのようにゼクスの足元に座り込んだ。かつて兄と敵対する前の――まるで幼い頃と同じ表情で、自身の頭を撫でる手を受け入れ微笑んでいる。

「バルムンクを捨ててください、姉さん。ゼクス兄さんはこの国の善き王になられます」

「……あなたは王も殺したのね」

俯き、玉座の後ろの暗がりに目をやると、無惨に転がる亡骸が視界に入った。

「誰が畜生を仲間にするんだよ? ……でも」

ステラは剣を握り身構えた。ゼクスがこちらへ歩み寄ってきたのだ。

「あんたは生かしてやってもいい。今ここで隷属の契約を結ぶなら、命までは奪わない。残念ながら傀儡は子を生めないしね」

「......何を言っているの?」

「《断種の呪い》を解く方法を見つけたんだ」

彼の意図を理解して、背筋がぞくりと震える。ゼクスは大丈夫だよ、と極めて穏やかな声音で続けた。

「ずっと家族として過ごしていたんだもの、大切にしてあげる。……竜殺しが竜の子を孕むなんて初めてだろうね」

でもきっと上手くいくから。とゼクスは微笑んでみせた。予想外の誘いにステラは呆然と立ち尽くす。彼は障壁を解くと、義姉の長い髪を指で掬い、慈しむように口づけた。

「それとも、あんたの心は別の人にあるの?」

「断るわ」

口を突いた拒絶の言葉に、魔王はぴくりと肩を震わせる。刹那、一閃の気配を感じ取り素早く後ろに身を引いた。刃先はわずかに掠っていたようで、黒い法衣に血が滲む。

「私は英雄よ。あなたを止めることこそ使命」

「本当に苛つくな」

彼はくつくつと静かに嗤う。

ステラは再度柄に力を込め、切っ先を彼に向けた。

「楯突くなら簡単に殺さない。なぶって犯して四肢をもいで、全部奪い取ってから支配するから」


宣言と同時、ゼクスが暗に構築していた召喚魔法が展開される。頭上から無数の触手めいた影の手が現れ、さながら弾かれた玉の速さで一斉に迫ってきた。こちらを追尾し絡みあうそれらをすんでのところで回避しながら、ステラも残るすべての魔力を剣へ流し込む。

バルムンクはすぐに応え、掌から全身へ熱が伝うような感覚が起こった。


全身体能力上昇、ならびに自動治癒の強化。

大丈夫、私は倒れない。それは呪いが、かつての竜殺したちが、父が祖父が、最後には《宿命の竜》を討った歴史が証明している。

絶対死なない。自分に言い聞かせながら、とめどなく繰り出される攻撃に立ち向かう。

彼の得意分野である闇魔法。後方で援護するファニアンが放つ高位の四大魔法。すべてを躱す。追撃として組み込まれた瓦礫の飛来も。


視界が晴れた時、短剣を手に間合いを詰めるゼクスが見えた。刺突を剣で受け流す。即座に腰の回転を加えて蹴りを彼の手首めがけ放つと、すんなり短剣を落としてくれた。その刃には毒が塗られており、掠りでもすれば動けなくなっただろう。

好機だ。ステラが攻勢に入ろうとしたその時、背後からの衝撃で動きが封じられた。

焼けるような痛みがあって、ふと自分の胸を見る。

大剣で刺し貫かれていた。

「――え」

気配を感じなかった。この自分が。

頭だけを動かし振り返ると、そこに立っていたのは懐かしい人物だった。大好きな、年老いてもなお精悍な顔つき。その身体がほとんど朽ち、目に光が無いことのみ記憶と異なっている。

「……おと、さん」

「さすが父親だね。亡者になっても、姉さんに勝つなんてさ」

――それに。ゼクスは続ける。

ステラは動けない。剣が抜かれても、身体が鉛のように重い。

「姉さんに対抗できる剣、ドワーフに作ってもらったんだ。僕だけなんて……不公平だろ?」

異様な疲労感が押し寄せ目が回る。めまいのままに崩れ落ちる。

「調教の時間だ」


再び無数の影の手が迫ってくる。そして身体は抉られ焼かれ溶かされ捻じられ切り裂かれて。

でも大丈夫、私は死なない。

私は――――、

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