第2話

 任務を終え、楓は武器の手入れをしていた。

 現在、楓と紅葉は所属する機関の寮に住んでいる。

 両親を殺された彼女たちはその後、施設送りとなった。しかし、それは束の間のことで、政府が秘密裏に設立した機関『アンμ』からの勧誘を受け、駒として働くことになった。


 彼女たちの両親を殺した首謀者は逮捕された。だが、首謀者が取引したとされる『復讐代行人』の身柄は確保されていなかった。彼女たちは両親を殺した張本人が捕まらずにのうのうと生きていることに憤りを感じ、アンμからの勧誘を承諾した。自分たちが復讐代行人に復讐するために。


 寮では紅葉と楓の部屋は分けられている。理由は二人の性格が真反対だからである。

 陰気で、綺麗好きな楓。陽気で、お粗末な紅葉。二人の部屋は明らかに違った。楓の部屋は物が寸分狂うことなく整理されている。逆に、紅葉の部屋は物があちらこちらに散らばっており、終いにはゴミまで散らかっている有様だ。


 こんな二人が同じ部屋に住むとなったら、大喧嘩になる事は間違いない。それを証拠に彼女たちの実家では、同じ部屋が割り当てられていたが、真ん中に大きな仕切りが立てられていた。おそらく自分たちで作った物だろう。


 楓は武器の手入れをしながら、己の心と対話していた。

 先の屋上で仕留めた男は、きっと自分たちが探している男の情報を握っているに違いない。両親が殺されて五年の月日が流れたが、ようやく敵が見え始めた気がした。


 武器に注がれていた視線は自然と前を向いた。見えるのは白を基調とした額縁だった。額縁にはテストの解答用紙が収まっており、右上には100の文字が刻まれている。

 両親に見せられなかった100点のテスト。紅葉は失くしてしまったみたいだが、楓は今も大事に保管している。


 ようやく未練を晴らすことができる。楓は無意識に口元を緩めた。


「(かえでー、今なにしてるのー?)」


 すると脳から直接、紅葉が語りかけてきた。


「(銃の手入れ。どうしたの?)」

「(末藤さんから招集かかってるよー)」


 紅葉の言葉で楓は部屋内に鳴り響くアナウンスにようやく気がついた。すっかり自分の世界に浸ってしまっていた。楓にはよくあることだった。だからいつも、こうして紅葉に呼び出しをされる。脳内に響いた言葉はどれだけ自己に没頭していても聞くことができる。


 楓は慌てて銃をしまうと、部屋を飛び出していった。

 楓と紅葉は脳に施された『BMI』によってリンクしている。彼女のBMIには特別な仕様が組み込まれている。それが『ASシステム』、通称『人為同調システム(Artificial Synchronization System)』。


 人間の脳波は各々に定められた波長があり、それがチャンネルの役割を果たしている。波長は規則的になっており、その規則に沿った数値を持つものは相性がいい。だが、その規則は未だに解明されていない。


 紅葉と楓はミクロの差ではあるもののほぼ同じ波長を持っていた。そこで、人為的に各々の脳波を操作することで同じ波長を出すようにしている。それによって、二人は同じチャンネルを有する事になり、様々な感覚を共有することができる。まさに『AS』、二人は一体となっている。


「すみません、遅れました」


 楓は焦ったような声でそう言うと、機関長室に入る。機関長室には椅子に座る女性の姿とその向かい側に紅葉の姿があった。楓は紅葉の横につき、彼女へと視線を送る。

 黒髪のポニーテール、薄暗いサングラスによって彼女の目は遮られているため怒っているかの判断がつかない。それが逆に楓を恐怖に貶める。


「あまり自己に没頭しすぎないように」


 彼女はそれだけ言うと、楓から顔を逸らした。「はい」と了承しようかと思ったが、口に溜まった唾液のせいでうまく声が出せなかった。代わりに唾液をごっくんと飲む。


「では、話を始めよう。その前に、先の任務はご苦労だった」


 楓と紅葉が尽力した先の任務は復讐代行人の初捕獲だった。これによって、アンμの仕事は大きな一歩を踏み出すこととなった。


「君たちの尽力のおかげで彼らの情報交換場所『復讐代行屋』を探ることができた」


 その言葉に楓は眉をひそめた。情報交換場所が分かったと言う事は多くの復讐代行人の居場所が特定できると言う事。その中には、両親を殺した奴もいるはずだ。


「ねえ聞いてよ楓。さっきのあの人、爪を二十本、歯を四本抜かれたらしいよ。それも一本ずつ。マジおっかなよね」

「自白剤は打たなかったんですか?」

「相手は何十人もの人間を殺してきた極悪犯だ。そんな彼に自白剤だけで済ませるなんて芸当をさせると思うか?」


 芯のある彼女の声音に楓はたじろぐ。紅葉の言う通り、本当におっかない人だと楓は思った。でも、もし自分が親を殺された相手を前にしたら、そうする可能性は高い。であれば、自分も同類だ。


「それにしても、よくそんなに耐えましたね。私だったら、爪二本目でギブアップしそう」

「彼らは身柄を確保されそうになったら、自爆を選ぶ連中だ。痛いのは覚悟の上でやっているのだろう。だから、爪を二十本剥いだ後、自白剤を見せた後に、歯を抜き始めた」


 自白剤を見せられた事で我慢しても、ダメだと言うことが分かったのだろう。それでも、四本も我慢できたのは相当忠誠心が高いに違いない。もし、他の仕事を選んでいたのならば、かなりの人財になっていたかもしれない。


「流石は機関長。ホント狂人ですね」


 紅葉は軽々と彼女の悪口を口にした。楓は汗を流したが、機関長は鼻を鳴らすのみで特に何も言う事はなかった。こういう時、紅葉の素直さを楓は羨む。自分もそういうことができれば、もう少しは可愛がってもらえると思ったのだ。


「ここにいるみんなは大体狂っている。お前達も例外ではないぞ」

「はいはーい」「……」

「不服か? 楓」

「いえ、自分でも納得しております」


 楓の言葉に機関長は口で笑った。どこが面白かったのか楓には分からなかったが、機関長の笑顔が見れてホッとした。

 しかし、それは束の間のことであり、すぐに顔をしかめると二人に対して命令する。


「情報交換場所は分かった。これより次の作戦を開始する」

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