#2

 葬式なんてものは思いのほか味気なく、子供の頃みたいに母と手を繋いで家への道を歩くと、彼女は遠い昔を眺める様に笑う。


「哀にはまだちゃんと話して無かったけど、お父さんと再婚するまで修也はひとりぼっちだったのよ」


 知ってる──と言いかけて口を噤む。


 この話を哀が知っているなんて、きっと勘のいい母は変な気を回してしまうかもしれない。


 片眉を下げて悲しそうに微笑む彼女の顔を横目で盗み見た俺は、「そうなんですね」と気不味さを押し殺してあしらう。


「昔から修也は無愛想だけどね……哀と会った時、今まで見たことないぐらい明るい顔をしたの。まるで、自分の味方を見つけた、みたいにね」


 俺の心情を見事に言い当てた母は俺から目を逸らして空を見上げると、戯けた口調で「皮肉だなぁ」と溜め息を漏らす。


「2人に何があったかは知らないけど、よりによって2人とも血の繋がりがあった家族に置いてかれるなんてね」


 冬の乾いた風が俺らを押し戻すように吹き抜けると、皺が折り重なった母の目元から珠玉が伝って溢れる。


 その動作が感染ったように目頭が熱くなった俺は握る母の手に力を籠めると、歩く足を止めて彼女に向き直った。


「たとえ血が繋がってなくても、私とお母さんは家族じゃないですか……」


 今のところ俺がしてあげられる精一杯の言葉は、母の心の三分の一すら掬い上げられないかも知れない。


 それでも、どうしても、何がなんでも伝えたくて放った言葉は、吹き荒れる風に蹴散らされては酷く揺れる。


「ふふっ……そうね。そんなの、もう関係ないわ」


 老いて深みが増した顔面に浮かんだ悲しみと疲れをぐしゃぐしゃに曝け出した彼女は、喪服の袖が汚れるのも厭わずに「ごめんね」と拭う。


 まるで流れる全てが罪であるように謝る母を見ながら、彼女の傷口一つ埋められない自分が悔しくて唇を噛みながら空を睨む。


 ──好き放題して逃げやがって……俺が死んだら覚えとけよ。


 今もどこをほっつき歩いてるか分からない哀の魂は、ここまで色んな人に心労を与えてるのだから、きっと地獄行きだ。


 せいぜい中身の俺が着くまで、賽の河原で親不孝の罪を償って共犯が来るのを待ってればいい──。


 哀について考えれば考えるほど減らず口が治らない俺は、家の扉を潜ると直行で彼女の部屋に閉じ籠る。


 質素ながらも揃えられたカーテンや小物はどことなく年頃の乙女を残し、机の上に飾られた写真立てには俺が高校を卒業した時に哀と2人で撮った写真が寂しそうに残されていた。


 ゆっくりと手を伸ばして写真立ての輪郭をなぞり、麗らかな春の懐かしい一瞬に触れようと顔を寄せると、裏の留め具がいとも簡単に外れた。


「あっ……」


 反動で落ちた裏側を拾おうとした時、あからさまに写真だけではない『お兄へ』と哀の筆跡でと書かれた四つ折りの紙が、ヒラヒラと写真と共に空間を舞う。


「何だコレ……もしかして、手紙?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る