La Mort:死神

#1

 胸が焦げ付いて茹だるような夏が過ぎ、あの晩に哀が示した11月が足音を立てて近づいてきた今日この頃──。


 その後も何回か体を取っ替えて惚けたお陰か、哀として翔太の隣にいる時だけ自分の気持ちに向き合えるようになった俺は、大学の休校日をいい事に自室のベットに寝転がりながらスマホの振動に呼ばれて画面を確認する。


 新着で入っていた通知はある種恩恵のある哀からで、今日は友達と用事があるから体を交換できないという質素な内容だった。


 ──別に、そんなの……。


 そんなの期待してない……と言いたいはずなのに、心に同居する客観的な俺がその嘘を全否定する。


 本当は哀になりたいんだろ?

 本当は翔太と一緒に居たいんだろ?

 本当は無茶苦茶に乱れたいんだろ?


 火照る体の芯が虚しく脈を打ち、ここまで感情を制御できなくなる程暴走してしまった自分の本性に呆れて嗤う。


 一度快楽に堕ちて仕舞えばその手を振り解くことも出来ず、まるで飼い慣らされたようにその安寧を享受する俺は駄犬に他ならない。


「……少し、だけなら」


 瞳を閉じて甘く毒っぽい翔太を思い浮かべた俺は、まだ触れられたことのない期待に膨れた自身に手を伸ばす。


 将来のことも考えて、とキスと軽いスキンシップ止まりで焦らされる哀の体では感じることのない刺激で反射的に腰が揺れた俺は、鼓膜の奥に刻まれた彼の言葉を反芻させる。


『会いたかった』


 俺が男である以上、一生翔太から向けられる事のない感情。


『可愛い』


 俺が男である以上、一生翔太から向けられることのない眼差し。


『『嫌』じゃない……大好き、でしょ?』


 俺が男である以上、一生翔太から向けられることのない愛の囁き。


『僕が一目惚れした事も、哀ちゃんと約束してちゃんと待ってた事も全部……これから先、僕らには幸せで完璧な未来が待ってるんだって!』


 俺が男である以上、一生訪れることのない完璧な未来──。


 薄暗い部屋の小さな小さな世界に呑まれ、天井とベッドの狭間で扱くことしかできない醜悪で哀れな駄犬は、息を上げて獣のように深く唸る。


「……んッ!」


 ──俺は最低だ。


 こんな馬鹿みたいな想像に駆られて、長年連れ去った最愛の人をおかずに迎えてしまうなんて。昂った感情が吹き出したと同時に、押さえつけられた理性が脳内の熱を冷ましてゆく。


 ピロリン……ッ


 あの日彼の腕を抱いた時を彷彿させるほど固く握り締めていた携帯が震え、その振動が達したばかりの俺を苛む。


「……翔太?」


 情けないほど悦楽と恥辱でぼやけた視界が捉えたのは、無情にも『翔太』と表示された着信画面だった。

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