第2話

「それで、なぜ自首を?」


 白を基調とした薄暗い狭い一室で俺を含む三人の人物が椅子に座っていた。

 一人は俺の前で尋問を行う女性の刑事さん。ショートヘアに華奢な体つきは来ているスーツにうまくフィットしていた。


 そしてもう一人は、尋問のログを取るこれまた女性の刑事。金髪のミドルヘアをポニーテールにしている。スーツではなく白衣を着飾る姿は刑事というよりは研究者と言ったほうが頷ける。


 ログひとつ取るのに人手がいるというのはリアルワールドの悪いところだ。アナザーワールドならば、常時システムがログをとってくれている。

 とはいえ、ログ取りの刑事さんの手があまり動いていない様子から察するに人工知能によって音声データを文字に変換しているのだろう。彼女はその動作の確認をしているのだろうか。全くもって意味の感じられない役目だ。


 まあ、それは俺も同じか。

 高橋 杏里の陰口を提供してから一ヶ月後、彼女は自殺した。家の風呂場で手首を切って倒れているのが見つかったらしい。


 その訃報を聞いた時、俺は真っ先に自分が彼女を殺したと思った。

 まさか陰口を提供したからと言って、人が死ぬなんて思いもしなかったからだ。ただ、この事件をきっかけに俺は過去に提供した人物のその後について調べてみることにした。


 すると、その数パーセントは不幸なことに巻き込まれていた。自殺はもちろん、いじめや性被害など様々な事件の被害者になっていたのだ。

 世界をクリアにするための行いが、より世界を暗黒に導いていた。その事実を知った時、俺は自首を決意した。


「自分の行いが世界に悪い影響を与えていたことに気づいたからです」

「なるほどね……わかったわ。取り調べはこれで終わり。あなたの場合、自殺関与よりはアナザーワールドのセキュリティに不正アクセスしたことが問題になりそうね。おそらく在宅事件として扱われるでしょうから、しっかりと日常生活を送って、裁判に臨みなさい」


 女性の刑事は椅子から立ち上がり、取調室を出ていく。続いて白衣を着た彼女が席を立ち上がった。


「取り調べは終わりだ。さっさと出ろよ」

 

 俺に一言おいて、彼女もまた出ていく。何だかログをとっていた彼女の方が偉そうに感じられた。そんなどうでもいいことを思いながら彼女に言われた通り無気力に椅子から立ち上がる。取調室の小さな窓から流れる白い光がなんだか鬱陶しかった。


 ****


 家に帰ったのはいいものの特に何もやることはない。というよりは何もしたくない気分だった。椅子に深く座りながら目の前にある四つのスクリーンに目をやった。スリープモードにしているためスクリーンは暗いままだ。ガラスに反射して俺の顔が映し出されている。


 自首を決意して、昨夜は一睡もできなかったからか目元にはくまがある。

 ひとまず、これからどうするかは寝てから考えよう。腐った脳では何もアイディアが浮かびはしない。椅子から立ち上がり、ベッドの方へと足を運ぶ。


 すると、インターホンが鳴った。

 眠りを妨げられたことに苛立ち、反射的に舌打ちしてしまう。このまま無視するのも一つの手だが、万が一刑事さんだった場合に面倒なことになる。


 仕方なく足先を変え、玄関の方へと歩いていった。

 ドアの穴から外の様子を見る。目に映ったのは金髪の白衣を着た女性だった。無視しなくて良かったと心の中で安堵する。


「何かご用ですか?」


 ドアを開けて応じる。女性の刑事さんは微笑みながら手をあげ、挨拶した。


「さっきぶりだね。暇なものだから君のところに来てみたんだ」

「暇って……ちゃんと刑事の仕事をしてくださいよ。事件はたくさん起こっているでしょうに」

「私には関係のないことだ。刑事でもないからね」


 女性は意味のわからないことを言う。先ほど取り調べに同行したのに刑事ではないとは。


「じゃあ、あなたは何者なんですか?」

「しがない探偵さ。刑事課に赴いて幼なじみと話していたところに君が自首しに来たからね。私も同行させてもらったんだ」

「それ、大丈夫なんですか?」

「バレなきゃ平気さ。それにバレても責任を取るのは桔梗だからね。私には関係ない」


 目の前に映る彼女はとんでもない人間だった。できれば今すぐにでも、扉を閉めて部屋に戻りたい。そっと扉を閉めようとすると彼女はドアを掴み逆方向へと引っ張る。力は彼女の方が強く、すぐにドアは開かれ、彼女は中に入ってきた。


「不法侵入です。警察呼びますよ」

「アナザーワールドのセキュリティに不正アクセスした君と同罪だな」


 彼女の言葉に俺は思わず口を噤んだ。この人は何を言っているのだろうか。


「一体、ここに来て何をするつもりですか?」

「君の行っていた不正アクセスについて今ここでやってみてくれないか?」

「はあ。自首した手前でできるわけないでしょ」


「まあまあ。私に脅されたと言ってくれれば、それでいいさ」

「……さっきの件があるから怪しいんですよね。何も知りませんはなしですよ」

「もし、不審に思うなら動画を撮ればいい。そうすれば証拠になるだろ」


 俺は彼女を訝しく覗く。まさか自ら首を絞めるようなことを提案するとは。ただ、彼女の瞳を見る限り、怪しい様子は一切ない。彼女から感じられるのは『興味』や『好奇心』といったものだった。


「わかりました。ついてきてください」

「物わかりが良くて助かる」


 そう言うと彼女は靴を脱ぎ、部屋へと上がる。今日会ったばかりの人間の部屋にも躊躇なく入るなんて彼女のパーソナルスペースはどうなっているんだか。


 探偵さんを連れて自分の部屋へと入っていく。俺は探偵さんに言われた通り、スマホを使って動画を撮影する。


「キッチンはどこにある?」

「何しにいくつもりですか?」

「包丁を首元につけてあげた方が脅した感が出ると思ってね」

「自分の罪を重くしてどうするんですか……」


 ほんと何を考えているんだか。彼女の思考に全くついていくことができない。馬鹿と天才は紙一重というが、彼女は明らかに馬鹿側の予測不能な思考の持ち主だ。

 小さくため息をついて、パソコンのスリープを解除する。


「それで不正アクセスするのはいいですけど、アクセスしたら何をすればいいんですか?」

「おっと、そこまで考えていなかった。じゃあ、私の陰口を検索してくれ」

「わかりました。名前と誕生日を教えてください」

「織本 香織(おりもと かおり)。10月29日が誕生日だ」


 彼女からいただいた情報を脳にインプットし、まずはアナザーワールドのセキュリティへと入り込む。ここは注意して行う必要がある。スクリーンに並ぶコードに目を注ぎながらキーボードを叩く。


 探偵さんは物音ひとつ立てず、後ろで見守ってくれている。閑散とした部屋でキーボードの音が奏でられる。いつものようにセキュリティを軽々突破すると、先ほど脳にインプットした情報を打ち込み、探偵さんの特定にかかる。


「アナザーワールドを構築するエンジニアから君のアクセスはバレないのか?」

「そんなヘマはしないですよ。俺のパソコンのセキュリティを甘くみないでくれますか?」

「なるほど。防御がしっかりしているからこそ、攻撃も強いということか」


 短いやりとりをした後、探偵さんの情報が掲示される。そこから彼女の関係者に焦点を当て『織本』や『香織』で検索をかけた。すると、数多くの検索結果が表示された。


「めちゃくちゃ噂されていますね。それも全部悪い噂だ」


 それもそうか。先ほど無理やり部屋に入ってくるほどの横暴を見せられて、彼女にいい噂が立つとは到底思えない。

 自分が招いたこととはいえ、後ろの彼女の情報を検索するんじゃなかったと後悔する。この惨事を目の当たりにして彼女はどう思うだろうか。


「んー、案外悪口は少ないようだな。予想外なのは、桔梗がこんなにも悪口を言っているくらいか。まあ、迷惑かけているからしょうがないっちゃしょうがないか」


 探偵さんは全く動じることなく、冷静に画面を覗いていた。流石は横暴な態度を見せるだけあって、鋼のメンタルだな。


「それにしても、私が見込んだ通り、いい手際の持ち主だね。なあ、君に頼みたいことがあるんだが、ちょっといいかな?」


 探偵さんは画面に向けた顔をこちらに向ける。彼女の瞳から感じられるのは『期待』だった。一体俺の何にそんな期待しているのだろうか。なんの話をするのかと首を傾けていると、彼女は笑顔で口を開いた。

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