第130話 仲間

 時刻は夕刻。茜色に燃える夕陽が部屋の窓から差し込んでいる。二日ぶりに屋敷へと帰宅し、自室でゆっくり休もうかと思えばどうにもすんなり俺は自室のベットに潜り込むこともできないらしい。……と言うか、そういう雰囲気ではない。


 ────いや、自分で招いた状況なんだけれどもね?


 だとしても、まあ色々と思うところがあるわけで……。自室に戻れば婚約者が待ち構えていて、明らかに変な方向に傾きかけていた自分のアホな思考が傍迷惑にも八つ当たりなんかしちゃって、そんな八つ当たりとも、途中から今までため込んでいた感情の暴露大会にまで発展してしまい、そんな身勝手な独白に付き合わされた婚約者殿は、まるで聖女のようにこれを受け入れ、剰え自身の自らの過ちに気が付かせてくれて……。


 ハッキリ言えば、俺は彼女フリージアに救われたわけで、その後流れで何とも自分たちらしくもない雰囲気にまでなっちゃたりして、俺も柄にもなくその雰囲気に流されちゃいそうになっちゃって────


「「「……」」」


 そんな折に部屋の扉に張り付いて今回の一部始終に聞き耳を立てていたであろう愉快な仲間たちに気が付いてしまえば、突っ込まずにはいられないのは仕方がないのだ。


「それで……これはどういう状況、どういったご用向きだったのかな、皆々様方?」


 取り合えず、雪崩れ込むようにして部屋に衝撃ダイナミック入場を果たしたクロノス殿下、ヴァイス、グラビテル嬢、レビィア、以下四名を自室の床に正座させて、俺は真摯に尋ねてみる。


 しかし、どういうわけか彼らに質問を投げかけてみても返答はない。それどころかまるで目を合わせたら殺されるとでも言わんばかりに彼らと目が合わないではないか、これは一体どういうことなんだ?


 ────そんなに怯えなくてもいいじゃんね?


 依然として部屋の空気は異様。先ほどまで今世紀最大のいい女ぶりを発揮していたフリージアさんも流石に知り合いにああいった場面を見られるのは恥ずかしかったのか、一転して借りてきた猫のように大人しく、俺の背後で真赤にした顔を埋めていた。初心だね。


 そんなフリージア同様に俺も内心では心穏やかじゃいられないって言うのが本音なのだが────正直、彼らの登場には助けられたと言うか……まあ素直に事の経緯を白状すれば情状酌量の余地は大いにある。なので俺は殺気立っていた雰囲気を和らげて今一度彼らに尋ねる。


「別に俺は皆を取って食おうってんじゃない。ただ、単純に気になったから聞いてるんだ。そもそも、何か用があって俺の部屋の扉に張り付いていたんだろう?じゃなきゃ意味もなく人の部屋の前で聞き耳なんて立てないよなぁ?」


「ひぃ……」


 俺の問いかけに対する答えは悲鳴だった。おっといかん、思わず抑えていた感情が漏れ出てしまった。

 カタカタと肩を震わせるヴァイスとグラビテル嬢とレビィア。反して殿下は表情を強張らせながらも意を決したように口を開いた。


「い、言い訳にしか聞こえないと思うが……俺達はレイを心配して様子を見に来たんだ。帰ってきてからずっと様子が変だし、それにあんな話を聞かされたらな……」


 殿下の言葉に同意するようにヴァイス達も食い気味に首を縦に振って同意を示す。その様子は恐怖によって言い逃れをしようとするものではなく、確かな心配と不安げな感情が読み取れた。そこで俺はまた一つ気が付く。


 ────余裕がなかったとは言え、本当に俺はいろんな人に気を使わせてしまったようだ……。


「はぁ……」


 自分の不甲斐なさ、未熟さと短慮さを自覚して思わずため息が零れる。これじゃあ盗み疑義したことを咎めるに咎められない……と言うか、そもそも俺にそんな権利などない。


「────悪い、俺が変な勘違いをしていた。それと心配を掛けてすまなかった」


 一気に思考が冷静になり、俺は即座に頭を下げた。依然として正座をしたままの殿下たちは俺の謝罪に一瞬、何が起きたのか理解しかねるように呆けている。


 数舜の沈黙。俺は俺で彼らからの返答がないことに妙な不安を覚えて、恐る恐る顔を上げると途端に堰が切れたかのように殿下たちが詰め寄ってくる。


「いや、空気を読まずに聞き入っていた俺達も悪かった────もしかしなくてもお邪魔だったろう?」


「そ、その!二人のいい感じの雰囲気を邪魔したのは申し訳なかったけどそれでも俺達だってレイくんが心配で……だからあのね!えっと────」


「レイ様!わたくしもいつだってあなたの為にこの胸をお貸しいたします!!」


「フーちゃん、ついに大人の階段を上ったんだね……なんだか、遠くに行っちゃたみたいに感じるね……」


 四者四葉。皆それぞれに捲し立ててくる。その表情はついさっきまでとは打って変わってどこか安堵の色が見える。あまり、さっきのフリージアとのやり取りを掘り返されるのは芳しくないが、それでも彼らが俺を気遣ってくれているのが分かった。


 ────なんだか、こんなやり取りも随分と久しぶりに感じるな……。


 そう思えてしまうくらいに俺は余裕がなかったと言うことだ。


「本当に自分のことばっかりだな……」


 誰にも聞こえない、本当に僅かに息を零すように呟いた言葉。だけれどすぐ隣にいた少女にはその声が届いてしまっていたらしい。


「そんなことないわ」


 不意に自分の握りしめられた握り拳に暖かくて柔らかな白い掌が重ねられた。慰めるような、労わるような彼女の言葉に俺は重くなりかけていた胸の内が少しだけ軽くなったのを覚える。


 そうだ、いつまでもくよくよと自身の過ちを咎め、自己嫌悪に陥っていても意味はない。そんな暇があるほど残された時間は長くないし、やるべきことが山ほどある。反省や自己嫌悪なんてのは全てを丸く収めてからでも遅くはない。


 ならば、後悔の無い選択を。本当ならばこんなことに彼らを巻き込むべきじゃない、ましてや死ぬかもしれない戦場になんて以ての外だ。これは自分の蒔いた種で、自分一人で全てを終わらせるべきことだと思っていたし、そのつもりでもいた。


 けれどもそんな考え自体が傲慢だった。自分一人でなんとかできるのだと驕っていた、調子に乗っていた。違う、クレイム・ブラッドレイという人間はそんなできた人間なんかではない。今目の前にいる仲間たちのお陰で、今の俺はあるのだ。


「すぅ……はぁ────」


 一つ深呼吸をして気を落ち着ける。気持ちの整理がついたのと同時に、それを自覚して俺は言葉を紡いだ。


「みんなに頼みがある」


 そうして俺はこの世で最も信頼できる盟友達に嘆願することにした。





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