第103話 公爵令嬢の疑惑
夏季休暇が始まって一週間が経過しようとしていた。
数日前のアリスとのデートが既に恋しい。直ぐにでもまた出かけたいものだが、あまり無闇矢鱈と彼女を外に連れ出すわけにもいかない。この前のデートだってアリスの体調が頗るよくて、お目付け役のカンナを説得してなんとか勝ち取ったのだ。
それにアリスにはアリスでやることがあるらしく、ここ最近は部屋に籠っているとのことだった。俺は俺でこの前の〈赤羽の蝙蝠〉で作成依頼をした剣を造る為に最近はずっとアイゼルの工房に通っていた。アリスに構ってもらえなくてちょっと寂しいが、あまりしつこく絡んで嫌われたくはない。なので今日も仕方なく一人で城下町に行こうとしていたのだが────
「どこに行くの?」
最近、
「うおっ……いつからそこにいた……」
「最初からよ」
「……」
反射的に尋ねてみたが返ってきたのは分かり切っていた答えだ。聞かなきゃよかった……なんかこいつの俺を見る目が怖いよ……あと怖い。
平静を装いながら俺は彼女の質問に答える。
「赤羽の蝙蝠……鍛冶屋に行くんだよ」
「また?最近多くない?」
すると彼女は不審げに小首を傾げる。この女、全くもって俺の言葉を信じていないらしい。
「この前も言っただろ?今、新しい剣を造って貰ってて、その為に俺の血とか魔力が必要なんだとさ」
それもこれも、〈龍を殺す剣〉を作る為に一切の妥協をしないと決めたからであって、別にやましいことなんて微塵もない。
「ふーん……」
だと言うのに取調べ系お嬢様はイマイチまだ俺を疑っているようだ。そもそも今の俺の今の発言の何処に不審な点があると言うのか。全くもって潔白だろ、疑いどころがないだろ……そもそも、なんで彼女はこんな探りを入れてくるのだ?
「なんだよ……」
依然として止まない彼女の剣呑な視線に耐えかねて聞き返す。すると彼女はそっぽを向いて言葉を続けた。
「鍛冶屋に行ってるって言う割にはいっつも帰りが遅いじゃない……? ほ、本当は、その……いイヤらしいお店とかに行ってるんじゃないの!?」
「はあ?」
何を言い出すかと思えばこの頭お花畑系お嬢様は……。何をどうすればそんな考えになると言うんだ。
「帰りが遅いのは工房でアイゼルと剣の試行錯誤をしていたり、鋼を鍛えるのを手伝っていたらいつの間にか夜になってるだけで……」
「そ、それにしては多すぎない?」
いくら説明をしてもフリージアは一向に納得する様子はない。
────なんなんだ?今日はやけに食い下がるな……。
なんだかここ最近のフリージアは妙に疑り深い気がする。そんなに疑うのならば────
「そんなに言うなら付いてくるか?」
「え!い、いいの!?」
「別にいいけど……その代わり付いてきても別に面白いことなんてないぞ? 工房はバカみたいに熱いし……フリージア、暑いとこ苦手じゃなかったか?」
「暑さなんて余裕よ!それにレイと一緒なら別に退屈なんかじゃないわ!!」
俺の忠告を聞いても目の前の少女は乗り気である。ならばもう何も言うまい。これで俺に掛けられた冤罪が晴れるのならば致し方あるまい。
「さいですか……じゃあ行くか」
「ええ!!」
そうして急遽、フリージアの同行が決まりながらも俺は今日も城下町へと繰り出した。
・
・
・
昼過ぎ、今日も城下町は多くの人で賑わっている。いつも通り〈赤羽の蝙蝠〉へと向けて露店通りを歩いていたわけだが────
「ねえレイ!あれ何かしら!?」
「……」
何故か変な疑りを掛けて付いてくると言ったフリージアは、眼前の露店の数々を見て妙に興奮しており。その勢いのままに俺の腕を引っ張ってくる。
────連れてこなきゃよかった……。
数歩進んでは露店に見入り、数歩進んではまた料理屋台に吸い込まれる。端的に言ってしまえば、俺達は目的地そっちのけで寄り道をしていた。
なんで?
いや、理由なんてのは分かり切っている。全ては隣で大はしゃぎしているお上り系お嬢様が原因であり元凶なのだ。もう本当に楽しそうである。
────こんなことならヴァイスを連れてくればよかった……。
と言っても件の勇者殿は今日も爺さんに連れられて特別鍛錬をしていた。だからそもそも彼に鍛錬を抜け出して街に繰り出す時間など微塵もない。
────レビィアも何故かうちの使用人に混じって仕事を手伝ってるし……。
必然的に俺と彼女でここまで来るわけになってしまったわけだが、正直に言えば不思議な感覚だ。
思えば、こうして彼女と城下町を歩くなんて初めての事である。一度目の人生は勿論のこと、二度目の今回も学院ではよく一緒にいたが外に出かけることはなかった。
────これは所謂、デー……いや、やめておこう。
よくない思考が脳裏を過りかけるがなんとかそれを寸でのところで振り払う。そんな俺を他所にやはり隣の少女は大興奮である。
「ねえねえレイ!あれ見て!!」
「次は何だよ……」
ぐいぐいと服の裾を引かれ、彼女はとある一点を指す。そんなに引っ張ったら服が伸びるでしょうが……なんて思いながら視線を向けるとそこには一枚の
何やら雄々しく剣を構えた騎士の絵に、でかでかとこんな文字がある。
『刻王祭名物!!刻王剣術大会参加者募集中!!』
〈刻王祭〉
それは年に一度、この時期に開かれるクロノスタリア王国の開国記念日を祝した祭りだ。
丸一日、朝から晩に掛けて行われるこの祭りには多くの人や催し物で賑わい、今彼女が指したポスターの剣術大会もその一つであった。
「あーそういえばもうあと三日後か……」
そのポスター見て祭りの存在を思い出す。よくよく見れば周囲は祭りの装飾や櫓の準備で忙しなくしているし、そういえばアイゼルも祭りの準備で工房に依頼が殺到していると言っていた気がする。
「もちろん参加するわよね!」
「いや、しないですけれども……」
「なんでよ!?」
俺の返答にフリージアは目をむく。そもそも俺としては参加する理由がない。変に目立つのは勘弁、そういうのはもう学院の方でお腹が一杯である。なんなら祭りの存在を忘れていたくらいだ。
────祭りだろうが関係なく鍛錬してたしなぁ……。
最後に参加したのは一度目の人生での頃だ。二度目の今回では参加した記憶はないし、あの時はそんな余裕もなかった。
「参加したいなら一人でしなさい────前大会上位入賞者のフリージア・グレイフロストさん?」
だからと言って、今回の剣術大会に参加するつもりはなかった。やはり、俺には単純に剣術大会を楽しめるほどの面持ちはないし、そんな奴が参加すれば白けるだけだ。
────それに、今年の彼女ならば優勝も狙えるだろうしそれを見届けるのも一興だ。
なんて思っていると件のフリージアは急に大人しくなる。
「ん?どうした?」
「……何で参加しないのよ?」
「いや、特に理由はないけど……」
「なら参加してもいいじゃない。今のレイなら優勝なんて余裕でしょ……」
「うーん……」
実際に大会に参加したことの無い俺が言うのは説得力はないが、彼女が言うほど剣術大会は甘くもないだろう。少し前ならば「武者修行」と言うことで実戦経験を積むために参加してみてもよかったかもしれないが、もうその段階でもない。
「やっぱりいいかな」
やはり、俺の考えは覆らない。
「────それじゃあ意味がないのよ……」
それを聞いて隣の少女は俯き呟く。
何がどう意味がないのか、
「はぁ……」
それが分からないほど俺も鈍感ではない。
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