第96話 勇者、遭遇する

 学院から馬車に揺られて約六時間、レイくんの厚意によってこの夏季休暇の間は彼の家で過ごすことになった。出発前、この前の〈昇級決戦〉でひと悶着あった〈剣撃の派閥〉にいた女生徒も付いてくることになった時は内心驚いた。


 あの後にレイくんと彼女の間で何かがあったのは明らかだったけれど、その詳しい内容までは分からない。まあ、レイくんが連れて行くと判断したのだから俺としては異論はなかった。それに話してみれば意外といい人だった。


「れ、レイ様の一番弟子なんて羨ましい!!」


「そ、そうかな?……そうかも?」


 ────ちょっと癖はあるけど……。


 そんなこんなで彼の家へと到着し、はたまた一騒ぎあったものの彼の父であるジーク・ブラッドレイ様への挨拶も済めば、俺達はそれぞれ休暇中に泊まる部屋を案内されていた。


「ほ、本当にこの部屋を使ってもいいんですか?」


 使用人の一人であるメイド長のカンナさんに案内されたのはそこら辺の宿よりも設備や家具などが整っており、一人部屋とは思えない広さの部屋だった。


 普段の学院でのレイくんを知っていると薄れてしまうが、彼も貴族の嫡男だ。そんな彼が生まれて過ごしてきた屋敷は王都の一等地にあり、俺なんかでは想像のつかない豪華絢爛さだった。だから、客人を迎える寝室なんかもかなりのモノなのは予想していたが────


「はい。何か不便な点がございましたら遠慮なくお申し付けください」


「は、はい……」


 これは流石に予想の斜め上を超えていた。田舎者感丸出しで部屋を忙しなく見渡す俺を見て、カンナさんは咳ばらいをした。


「夕食の準備が整いましたらお呼びします。お風呂は既にご用意がありますが……いかがなされますか?」


「はえ!?え……っと、お構いなく……じゃなくて、できれば少し体を動かそうと思ってたんですけど……」


 不自然に狼狽える俺を見てカンナさんは表情を一切変えずに言葉を続ける。なんだか人形みたいな人だ。


「流石は魔剣学院に通われてる生徒、長旅でお疲れでしょうに……熱心なのですね」


「そ、そんな!レイくんと比べたら俺なんてまだまだです!今俺がこうして学院に通えてるのも全部彼のお陰で、もう本当に感謝しかありません」


「レイ様が……?」


 何とも仕事人然としているカンナさんだが主人の話になると興味が轢かれるみたいだ。微動だにしなかった表情筋がピクリと動いたのを見逃さない。少しく雰囲気が砕けた彼女に俺は簡単に話を続ける。


「実は入学当初の俺、剣術も魔法も全くダメで、そんな訳もあってクラスメイトに虐められてて……そんな時に助けてくれたのがレイくんなんです。彼が修行を付けてくれなかったらきっと直ぐに学院を辞めていたと思います」


 自虐気味に笑って話すとカンナさんは何やら考え込むように表情を伏せる。


「レイお坊ちゃま……本当にご立派になられて……!!」


 なんなら鼻水をすする音まで聞こえてきて、俺は困惑する。先ほどの言葉は撤回しよう。この人、相当人情味あふれる人だ。


 思わず笑みが零れると、それにに気が付いたのかカンナさんは瞬く間に表情を取り繕ってこんな提案をしてくれた。


「鍛錬がしたいと言うことでしたら、当家の裏庭をお使いください。学院には及びませんがそれなりに設備も整っております。幼い頃のレイ様も毎日のように……と言うか毎日そこで鍛錬をされていました」


「いいんですか!?」


 何とも興味そそられる話に俺は食い気味に聞き返す。するとカンナさんは微笑して頷いた。


「勿論でございます。レイ様の事です、ご当主様とのお話が終わればすぐにでもそこに顔を出すはずです」


「ありがとうございます!」


 早速、俺は学院から持ってきた訓練用の剣を取り出して裏庭に向かおうする────


「レイ!レイは何処だ!?帰ってきたのだろう!!?」


「ッ!?」


 が、不意に扉越しでも耳にハッキリと聞こえる荒々しい声が廊下から聞こえてきた。驚いた俺を見てカンナさんが苦笑して教えてくれた。


「お出かけになられていた様がお戻りになられたんですね」


「フェイド……って、もしかして……?」


「ヴァイス様がどのことを言っているのかは、あの方の逸話が多すぎて判断しかねますが、まあご想像している方でお間違いないかと」


「ッ……!!」


 瞬間、全身の毛がよだつのをハッキリと感じた。無意識に高揚し、心臓が高鳴る。自然と視線は扉のを奥を見ようと伸びる。確かに、今、扉の前を荒々しい足音が通り────


「おお、カンナ!良いところにいた!レイを知らんか?帰ってきてるはずなのに見当たらなくてなぁ……」


 過ぎずに、何故か乱雑に開け放たれた! 予想外の事態に俺は思考が止まる。尋ねられたカンナさんは至って平然としている。


「フェイドさま、こちらは本日、レイ様のご学友がお使いになられる部屋です。せめて、もう少し静かに扉を開けてもらえると」


「おお、すまんすまん!それで、レイは?」


「はあ……レイ様はご当主様と大事なお話し中です。もう少しで終わると思いますが……?」


「おお!ジークのところだな。助かった!邪魔をしたな────って、んん?」


 目的地を定めた老兵は直ぐにこの部屋から立ち去るかと思ったが、何故かその場に立ち止まり、そうして何故か俺の方をじっと凝視してくる。


「……」


 鋭い双眸に見られた俺としてはどうすることも出来ず、緊張を誤魔化すかのように息を止める。生きた心地がしない緊張感に押しつぶされそうになっていると老兵は口を開いた。


「おい、そこのレイの学友とやら」


「は、はい!」


「……ちょどいい、お前も付いてこい!」


「はい!!……はい?」


 老兵の言葉に勢いよく返事をしたのはいいが、よくよくその言葉を汲み取ってみれば全く意味が分からなかった。


「ちょ……!フェイド様!?」


 突然の老兵の提案に流石のカンナさんも困惑していた。そんな俺達の反応を無視して、老兵は俺の身体を左腕だけで軽々と持ち上げると、返答を待たずに歩き出した。


「はえ……???」


 やはり、噂に聞いた通りの粗暴さと、型破りだ。彼こそがクレイム・ブラッドレイと言う怪物を育て上げた張本人であり、俺が憧れ続けた紅血の騎士! フェイド・だった。


 ・

 ・

 ・


 何故か執務室に乱入してきたクソジジイは左脇に勇者殿を抱えていた。


「久しぶりだなレイよ!!」


「ああ、久しぶり。相変わらずうるさいな、クソジジイ」


 どうして彼がこの爺さんに拉致されているのかは謎であるが、きっと気まぐれで理不尽な不幸の結果こうなったのだろう。ご愁傷様である。


 この爺さんの思考回路は常人では理解不能なので、彼のしでかすことに全て意味を感が出せば切りがない。人生の浪費とも言えよう。そんな俺の投げやりな態度を感じ取ったのか、爺さんは大変ご立腹だ。


「久しぶりに会った師匠に対してなんだその態度は!? さては学院に行って誰も自分に敵わないからと調子に乗っているな!!?」


「久しぶりに帰ってきていきなりうるさくされたらそりゃあ嫌気もさすだろうが。もう少し静かにできないの? 更年期なの???」


「んだと!?やんのかオラァア!!?」


 この爺さん、相変わらず煽り耐性が皆無である。


 ────いや、なんなら以前より酷くなっているか?


「うぅ……」


 くだらない変化をヒシヒシと感じていると、依然として小脇に軽々と抱えられた勇者殿は苦し気に呻いた。このアホジジイが好き勝手に動くから自然と抱えられた勇者殿の腹部が流れ出絞められているらしい、速く何とかしなければ。


「ところで爺さん、その小脇に俺の友人がどうして抱えられているのか理由を聞いてもいいか?」


「ん?ああ、コレか。何やら面白い魔力の波長を感じたからな、面白そうだから連れてきた!!」


「理由が雑すぎる……」


 相変わらずの滅茶苦茶ぶりに困惑するしかない。そんな理由だけで苦しい思いをしている勇者殿が可哀そうでならない。とりあえずは────


「彼は俺の大切な友人であり客人だ。いくら爺さんと言えど彼に迷惑をかけるのは許容できない。できれば今すぐ開放してもらえないか?それと一応、ヴァイスは〈勇者の末裔〉だから本当に丁寧に扱ってくれ……」


「なに!?〈勇者の末裔〉だと!それを早く言えレイ!そんなの問答無用で戦ってみたいだろうが!!」


 何とかヴァイスの開放を試みたが最後の一言が余計だったらしい。この爺さんがフリージアさえも超えた戦闘狂であることを忘れていた。


「よしレイ、裏庭に行くぞ!もう話は終わったのだろう?」


「終わったは終わったけど……もうすぐ飯だろ?」


「なーに、そんなに長くはかからん。サクッとこいつの強さを見てみるだけだ!」


「まあ、俺がやるわけじゃないし、ヴァイスの許可を得たらいいんじゃないか?」


 こうなってしまってはこの爺さんは梃子でも意見を変えようとしない。なんだかこの理不尽感も久しぶりである。


「おい、レイの友人────ヴァイスと言ったか? これから少し手合わせに付き合え!!」


「んぐえッ!?」


 依然として爺さんの拘束から解放される気配のない勇者殿は身体を揺さぶられ苦し気に呻く。


「よし、決まりだ!!」


 それを「了承」と曲解した爺さんはその勢いのままに裏にはへと向かった。


 ────いや、今の返事じゃなかったよね?


「……まあいいか。ヴァイスにとってもいい経験だろう」


 一瞬、爺さんの強行に疑問を覚えるが、まあ爺さんなので仕方がない。


「それでは父様、ちょっと行ってきます」


「あ、ああ。ほどほどにな……」


「はい」


 執務室を後にする前に俺は父に挨拶をする。流石の父でも爺さんの暴走を止めるのは至難の業らしい。


 俺は横暴な老兵の背中をゆったりと追いかけながら、漸く家に帰ってきた実感が湧いてきた。

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