第95話 近況報告

 アリスの部屋でフリージアを説教をした俺は彼女達を引き攣れて、父ジークの執務室へと訪れていた。


「三人ともこの休暇期間は自分の家だと思って過ごしてくれ」


「「「ありがとうございます!」」」


 挨拶もほどほどに帰宅の報告とヴァイスとレビィアの紹介を済ませて、ジークは部屋の外で待機していた使用人にこの休暇期間中に三人が使う部屋の案内を指示する。


「長時間の移動で疲れただろう。鍛錬は明日からにして今日はゆっくりと休むといい」


「お気遣いありがとうございます、ジーク侯爵」


 三人を代表して罪人系お嬢様がお礼を言って、隣の二人は慌てたようにお辞儀をする。明らかに緊張した様子のヴァイスとレビィアをジークは微笑ましく認めた。そうして三人はそのまま使用人に促されるままに部屋を後にして、俺だけが部屋に残される。


「まあそんなに気を張るな。とりあえず座れ」


「……はい」


 余程、俺の表情が硬かったのかジークはおかしそうに笑うとソファーに深く腰を静めた。それに倣って俺も対面のソファーに座る。


 緊張するなと言う方が難しい。一度目の人生ならばこうして執務室に呼び出され、ソファーに座らされるときは決まって説教をされる時だった。その時の記憶の所為か、体が勝手に身構えてしまう。今の父の反応から見て分かる通りこれから説教をされると言うわけでもない、そうとはわかっていても緊張はしてしまう。


 そうして、なぜ俺だけ取り残されてこれから何を話すと言うのか────


「学院生活は随分と充実して、慌ただしいみたいだな、レイ?王城に居てもよくお前の話を耳にするよ」


「まあ、はい……残念ながら」


 内容なんてのは分かり切っている。細かな近況報告とこの前の騒動の件だ。


 国の要職であるジークの耳にも学院であった【迷宮踏破ダンジョンアタック】の騒動は既に届いており、その渦中にて、〈五天剣〉を打倒してしまった俺と情報のすり合わせをしたいのだろう。


 ────俺も聞きたいことがあったからちょうどいい。


 切り出された話に対して、なんと続けたものか言葉を選んでいるとジークは大変嬉しそうに笑った。


「あれだけ「行きたくない」と騒いでいたのに、いざ入学してしまえばたったの三ヵ月で〈最優五騎〉になってしまうのだから本当に驚いたよ」


「まあ、そうしないといけない理由があったと言いますか……全部、あのクソトカゲが悪いんです」


 実に愉快そうに表情を緩めるジークとは対照的に俺の顔は引き攣っていることだろう。何度でも言うが俺としても学院でのことは全て予想外なのだ。そんな俺の心境を知ってか知らずかジークは言葉を続けた。


「まさか帝国の〈五天剣〉、それも第二剣を倒すとはな……もういつでもお前に家の事を任せてられそうで俺としては安心だよ」


「いえいえ、俺なんかまだまだですよ。それにあれは俺一人だけの力じゃありませんから」


「随分と謙遜するんだな。だとしても帝国の最強の騎士を倒したとなればもう少し調子に乗るものだろう。仮に俺がそんなことしたら調子に乗ってるぞ」


「あはは……調子に乗るのはもう懲りたので……」


 冗談交じりのつもりで父は言ったのだろうが俺としては全くもって笑えない冗談である。


 なんなら自制してるつもりでも偶に血が昂って調子に乗ってしまうのだ。ブラッドレイの血筋ゆえか、我慢してもこうなのだから自制しなければどうなることか……それを考えると調子になんて乗ってはいられない。それに────


「今回の一件で、自分がまだまだ未熟だと言うことを痛感しました。〈影龍〉を殺すにはまだ到底、実力が足りません」


「……そう、だな。彼の龍を打倒するのならば〈五天剣〉でも安心できないな」


 俺の言葉にジークは表所を引き締め深く頷く。それを認めて、俺は話を切り替える。


「それで今回の件で何か父様の方で分かったことはありますか?」


「うむ、国から正式に問い質してはいるのだが帝国の方は黙りでな、それどころか不気味なほどに他国との接触を避けているようなのだ」


「それは……」


「ここ六年で親交が薄くなってはいたが、そこに来て今回の件だ。陛下も今回の件を重く受け止めて慎重になられている。探りを入れるにはもう少し時間が掛かるだろう」


「そう、ですか……」


 やはりと言うべきか、国を通した正規の場でも帝国からの回答はまだないらしい。深刻そうに顔を顰めるジークの気持ちは語らずとも察せられた。それでも彼は直ぐに表情を一転させて笑って見せた。


「それでも今回、お前が無事で本当に良かった。それどころか〈五天剣〉を倒してしまうのだから要らぬ心配だったかもな!」


「そんなことは……」


「それにしてもレイよ。学院に通い始めてから随分とフリージアと親密な関係になったようだな」


 快活に笑う父にどう反応するべきか悩んでいると、思わぬ話題に話が動いた。


「え?」


「二人が家の裏庭で決闘をしたときはどうなることかと思ったが、着実に仲良くなってくれているようで俺は嬉しいぞ。さっきもレイ達が帰ってくる前までフリージアと話をしていたんだがな、その時に彼女にお義父さまと呼ばれてなぁ────」


「ちょ、ちょ……っと待ってください父様」


「ん?なんだ、どうした?」


 妙に嬉しそうに語る父に水を差すようで申し訳ないが、俺は待ったを掛ける。


 誰が、誰の事を「お義父さま」と呼んだって? フリージアが父様を? なんで??? 


 何度話を脳裏に反芻させても理解できない。不思議で仕方がない。理屈が分からない。


 ────どうしてそうなった???


 確かに表面上、俺とフリージアは婚約者であり将来を誓い合った仲ではある。が、それはあくまで表面上であって、俺と彼女の間に色恋なんて言う感情は存在しないはずだ。今でこそ良好な関係を築けてはいるがそれは偏に好敵手としてであって、彼女が俺に好意を持っているとは────


「急に黙り込んでどうしたレイ? やはり流石のお前でも慣れない馬車での移動は堪えたか?」


「あ、いや、そういうわけでは……」


 考えすぎて思考がこんがらがってきた。


 ────誰と誰が仲良くなって、このまま問題なく結婚できそうだって? 最近の彼女の様子のおかしさには変に拍車が掛かっているとは思っていたが、まさかそういうことだと言うのか? 小さい頃の印象に引っ張られすぎて俺だけが変な勘違いをしていたと言うのか?


「わ、わっかんねぇ……」


 やはり困惑する俺を見て、父はとても楽しそうに笑う。


「くっ、ははははははは! なんだそういうことか。レイよ、お前は鍛錬に打ち込みすぎだ。もう少し女心と言う奴も勉強しないとな!」


「は、はあ……」


 人生の先達として少し生々しい助言をしてくれる父に俺の心境は複雑だ。と言うか、普通に父親とそういう話をするのが恥ずかしい。こればかりは一度目の人生の弊害だ。


 ────なんとか話をそらさなければ……。


 旗色の悪い状況にそう判断するが、こちらが策を弄する前に救世主が勝手にやってくる。


『レイ!レイは何処だ!?帰ってきたのだろう!!?』


「おおっと、お前のお師匠様が戻ってきたみたいだな。小難しい話はこれくらいにしておこうか」


「あ、はい……」


 ドスドスと屋敷内を乱雑に闊歩し、着々とこちらに迫りくる足音を聞いて父はやはり笑って、俺は何とも言えない表情を浮かべる。


 タイミングとしては助かったが、爺さんに助けられたと考えるとなんだか癪だ。


 結局、俺の聞きたいことは聞けず終いで執務室の扉が激しく開け放たれた。

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