刻王祭編
第90話 待ち焦がれた季節
今年初めての〈昇級決闘〉、最終選定で行われた【
そうして落ち着きを取り戻したかと思えば、なんだかんだで学院に入学して三ヵ月である。
────まだたったの三ヵ月???
気が付いて、思い至り、経過した時間に対して、本当に時間の辻褄が合っているのか不思議でならない。
「どうしてこうなった……」
理想と現実の
一度目の人生で俺は怠惰の限りを尽くし、人生の平穏を前借した結果、処刑なんて悲惨な目に遭ったのだ。それを思えば二度目の人生、今俺は苦労を顧みず、得を積んで、長く細い平穏の為に頑張っている最中だと言える。今のこの不幸が後々、老いぼれた頃にじわじわと効いてくるのだ。人生とは、世界とはそういうふうに帳尻が合うようにできているのである。
────そう思っていないとやってらんねぇよ……。
無理やりすぎる理論を脳内で展開しつつも、一年生の学舎を歩いていると今日もすれ違う生徒たちから畏怖の視線を向けられる。
「み。道を開けろ!〈龍滅の主〉がお通りになられるぞ!!」
「今日も凄い剣幕だ……多分、ここに来るまでに二、三人は屠ってきたんだ……」
「ひえ……また学院内のどこかに亡骸が……!?」
「でも、逆にあの風格が癖になる……」
晴れて(?)学院最強の称号を欲しいままにした俺は、こうして廊下を歩けば恐れられ、下手をすれば泣かれてしまい、血気盛んな者になると普通に背後から襲われるようになってしまった。
せめて、学院生活だけは平穏にと思っていた入学当初が懐かしく思える。あと、目つきが悪いのは生まれつきだし、朝っぱらから人を屠る趣味はないし、やってない。今、適当なこと言ったやつ表出ろ。
「はあ……」
最近はずっと本を読むために大図書館に籠っていたので、実害は少なかったのだが、久しぶりに教室の方へと向かえばこれである。
「ひいぃいい!?ごめんなさい!こ、殺さないで!!?」
「……」
────俺が何をしたっていうの???
今しがたも、すれ違った女子生徒に泣かれてしまい俺はどうすればいいのか分からなくなってしまう。目つきが悪いのは自覚しているが、そんな泣かれるほどだろうか。普通にしているだけで泣かれてしまうと普通に凹んでしまう。
「はあ……」
再びため息が吐いて出る。
こんなことなら今日も大人しく図書館に居ればよかったと思ってしまうが、現実逃避もほどほどに今日ばかりはそうも言ってはいられない。と、言うのも俺がわざわざ出向く必要のない〈特進〉クラスの教室に向かっている理由と言うのが、前述していた大きく開きつつある「帳尻」を合わせる日であるからだらだ。
「やっとだ……ついに、ついにこの日が来た……!!」
学院に来てからこの日をどれほど待ち望んでいたことか。それは筆舌に尽くし難く、酷く長い暗夜のようであった。
久方ぶりの〈特進〉クラスを前に俺は思わず気持ち悪い笑みが零れ出る。
「ふへっ……ふへへへ……」
「なんだかご機嫌ね?」
「……」
唐突に耳朶を打つ声。不意に心臓が止まりそうなほどの衝撃が俺を襲い、そうしてあまりにも自然に真横から聞きなれた少女の声がするものだから俺は反射的に尋ねてみる。
「────いつからいた?」
「んーと、レイがすれ違った女の子に泣かれてたところから?」
それ、もうほぼ最初からじゃん。とは口が裂けても言わない。言ったところで自分の腑抜け具合を殊更に露呈してしまうだけだし、最近になって戦闘狂から暗殺者に転職したフリージアに何を言ったところで無駄である。
「あ、さいですか……」
「うん」
至って平然を装い、俺は教室の中へと入る。
「おはようございます、アニキ!!」
「「「おはようございます!!」」」
「ああ、うん……おはようね~……」
これまた久方ぶりのクラスメイトに挨拶をしながらも、取り繕いはしたが俺の心中は穏やかではいられない。
ここ最近、隣の少女の隠密ぶりに拍車が掛かりすぎて本気で怖い。当然のように気が付けば隣にいるものだから、俺も常に気を張っているのに微塵も気配にが付けないとはどういうことなのか。
────本当になんで?
一度目の人生では知り得なかった彼女の新たな才能の一面にやはり恐怖しか覚えない。そのうち、俺は背後からサックリと刺されるかもしれない。
笑えない可能性に目を背けながらも定位置となっている席に陣取れば、やはり隣に座ったフリージアが先ほどの会話を続けた。
「それで、可愛らしい笑みが零れるぐらいに上機嫌だった理由はなに?」
「可愛いって……その表現間違ってないか?」
「そう?別にぴったりだと思うけど……それで?」
小首を傾げるフリージアは引く様子が無いので素直に理由を語ろうとするが────
「別に大したもんでもない。だって今日は────」
「おーし、全員るなぁ……ってほんとにいるな。まあそりゃそうか────」
いつもの覇気のない様子で教室に入ってきたヴォルト先生によって遮られる。
先生は心底驚いた様子でここ最近は朝礼にも顔を出さない俺とフリージアを見たが、すぐに納得したように教卓の前に立つ。そうして語り始めた。
「お前らが学院に入ってもう三ヵ月だ。最初はいがみ合ってたが今ではみんな仲良し、なんならうちのクラスから〈最優五騎〉になる奴が現れるくらいだ。いや、本当に驚いた。たった三ヵ月にしては濃密すぎた。そうして思い返せばあっという間だ────」
全員が珍しく真面目に語る彼の言葉に耳を傾ける。
「────多分きっと、こんな感じでお前たちの一年は……ここでの生活はあっという間に終わるはずだ。まあこれからもいろんなことが学院生活の中で起きるだろうが、とりあえずは────」
そうして先生は息を吸い込み、教室中に響く声で言った。
「────お前らお待ちかねの夏季休暇だ!!この数か月の疲れを思う存分癒すといいッ!!」
「「「うおぉぉおおおおおお!!」」」
盛り上がるクラスメイト。先生の言葉を聞いて、俺も思わず今まで何とか抑え込んでいた興奮が解き放たれる。
「よっしゃキタァァァアアアアアアアア!!おうちに帰れるぅぅううううううううううう!!」
今日一の大声。なんなら学院生活でこんな大声を出したのは初めてかもしれない。それほど、今の俺は興奮していた。
「え……」
それこそ、いつもは驚かされてばかりの隣の公爵令嬢さまをドン引きさせるくらいには……しかし、そんなこと気にしない。どれだけキャラがぶれようとも、例えここに国の重鎮である国王がいようと俺は勝鬨を上げるだろう。
何せ、大義名分を得て、俺は数か月ぶりに実家へと帰省する時期が到来したのであるから。
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