第61話 有象無象

 公式に学院内での〈昇級決闘〉が認められてから数日が経った。


「おらぁぁぁああああああ!!」


「これで終わりだ!!」


「死に晒せッ!!」


 学院内では今日もあちこちから雄叫びや罵声、そして剣戟やら魔法の音が鳴り響いていた。


 ────世紀末かな???


 そう思わずにはいられないくらいに学院内の治安は終わっていた。


 本日までの決闘によって出た負傷者は軽く百を超えて、既に学院内の複数施設が決闘の余波により立ち入り禁止となった。それだけでどれだけの決闘が行われてきたのかは想像に難くない。


 そんな生徒たちの首からは魔石の護符アミュレットがぶら下がっていて、それはその所持者によって様々な色へと変化している。


〈証明の護符〉


 それは持っている人間の〈学院階級〉によって勝手に色が変化する魔装具であり、視覚的な実力を証明するものである。


【第十級】ならば無色に、【第八級】ならば淡い緑に────その護符の色を見て生徒たちは自身の相手を選定し、決闘を申し込む。一生徒に決して安くはない魔道具を惜しみなく支給するのだから、本当に手の込んだ学内行事だ。ちなみに【第六級】を示す護符の色は橙色。例に漏れず、俺もその護符を首から下げているわけだが、今のところ護符の色が変化する気配は見られない。


 それもそのはずだ、俺はこの〈昇級決闘〉が始まってからまだ一度も決闘を申し込まれていない。


 ────なんで???


 困惑してみたが理由なんてのは分かり切っている。そもそも【第六級】に振り分けられた生徒の大半……と言うか俺意外が二~三年生で構成されており、一年生の教室と二、三年生の教室は物理的に離れているから学舎で遭遇することが稀である。加えて、上級生は現実的に将来が決まってしまう時期であり、自分の階級をいたずらに下げない為に、〈昇級決闘〉が始まったばかりの現時点ではまだ慎重に戦局を様子見している。


 そこに一年で唯一【第六級】の生徒が突然出てくればその警戒度は更に引き上がってしまう。ただでさえ決闘を取り付けられずらいと言うのに変に目立ってしまった所為で、昇級の難易度に拍車がかかってしまっている。


 ────俺が何をしたって言うんだ……。


 あからさまに避けられているような感覚は、世界どころかもっと身近な誰かに俺は嫌われているのかもしれないと錯覚させる。そんな訳もあってか俺は未だに一度も決闘をできていなかった。そんな俺とは対照的に同級生たちはとても活気に満ち溢れていた。


「あと二人倒せば【第七級】よ!直ぐに追いついて見せるから待ってなさいよレイ!!」


「ああ、うん。ガンバッテネ……」


「聞いてくださいアニキ!俺ももう少しで【第八級】に昇級なんです」


「スゴイネー……」


「レイくん!僕も次の人に勝てれば【第九級】だよ!」


「あはは……」


 別にもともと〈昇級決闘〉には参加するつもりなどなかった。本を借りるために仕方なく参加しているだけであって、本当に全くもって楽しそうなんて思ってはいないけれど、こうもあからさまに勝った負けた、昇級したしないの話をされると嫌でも気になってしまう。


 ────別にうらやましくなんてないし???


 本当だし。全くこれっぽちも俺も決闘したいなんて思ってはいない。俺はどこかの戦闘狂とは違うんだい。


 ……なんて強がってみるが、正直ここまで騒がれると気になってしまうのが人間という生き物。そもそも昇級できないと目的を達成できないので、普通に死活問題でもある。


「どうしたもんかな……」


 結構真面目に困っているわけだが、それだけには飽き足らず俺を悩ます悩みの種があった。と言うのも────


「お前を倒せば一気に飛び級だ!いざ尋常に勝負!!」


「今年で卒業なんだ!少しでも良い進路先を選ぶために、俺の糧となってくれ……卑怯だとは言うなよ一年生!!」


「ボーナスエネミー発見ッ!!」


 放課後になると次から次へとの生徒が襲い掛かってくるのだ。


 何故か?


 理由はもちろん、階級を上げるためである。別にこの〈昇級決闘〉は同じ階級同士でなくても成立するのだ。なんなら格下の級が格上の級を倒すと一気に倒した相手の級まで飛び級できるなんてルールも存在したりする。


 しかし、このルールはあってないようなものなのだ。


 だって格上としては格下の相手と決闘をするメリットが微塵もないのである。勝ったところで昇級に必要な勝星が増えるわけでもなし、何なら降格する危険まで孕んでいるのだからマジでやる意味がない。けれど自衛をしなければ無防備に痛めつけられるわけで、一度武器を抜けば首にぶら下げた〈証明の護符〉がそれを臨戦態勢と判断して決闘が成立してしまう。


 ────最初の説明にあった正々堂々はどこ行った???


 無駄に高性能な魔道具を支給してきた学院が今では恨めしい。そんな魔道具の性質を利用して半ば強引に決闘へと持ち込めてしまうわけで、ルールなんてのは名ばかり、建前であって、今のところなんら効力を発揮していなかった。本当にふざけんなこの野郎。


 そんなわけで今年が終われば卒業してしまう下級の追い詰められた上級生たちがこうして挑んでくることが増えた。そういう意味では今日まで俺は異様な数の決闘をこなしたわけだが、前述した通り全く成果はなかった。


 ────しかも変なのまで混じってるし。


 下手すれば暗殺まがいの強襲の中には一部変なの……確実にの手勢まで混じっていた。


「お前を殺せば俺はレビィアと結婚するんだ!!」


「レビィアたんにその首捧げろや!!」


「レビィアたん!レビィアたぁああああああん!!」


「うわぁ……」


 マジで勘弁してほしい。まだ軽くあしらえる程度だからいいものの、流石にこう連日で有象無象に絡まられると心労も蓄積する。「二度とその面を見せるな」とは言ったしその実、その約束は守られてるわけだが、だからと言って何らかの血統魔法で篭絡した手勢を送り込んでくるのは違うだろう。これはほんまもんの嫌がらせである。


 ────二度と会いたくはないが、致し方なく遭遇した場合は絶対に処す。


 と言うか、どうしてあの女は俺にこんな嫌がらせをしてくるのか、これが本当に分からない。一度目と違って、二度目の今回は全くの無関係だ。そんなに脅されたのが気に食わなかったのだろうか? どう転んでも俺はあの女に絡まれる運命なのだろうか?


「鬱だ……」


 本当に悉く上手くいかない。こんな理不尽な二度目の人生に「まあそういうもんだよね」と慣れ始めている自分も嫌だった。


 ────こうなりゃ俺も強者打倒ジャイアントキリングと洒落込むしかないか?


 今しがた降した格下(上級生)よろしく、俺も彼らと同じようにチンピラまがいのことに身を投じなければ昇級は難しいのかもしれない。けれど、こんなアホどもと同じ行為に及んで同列の存在に身を落とすのも癪な話だ。


 ……いや、龍を殺すためならば何でもする所存ではあるが、まだもう少し様子を見たいと言うのが本音である。


「マジで儘ならねぇ……」


 今日も一つも勝星が増えないまま一日が終わってしまうのかと、地面に無数に転がる生徒を一瞥して憂いていたところに────


「君がクレイム・ブラッドレイだね?」


 一人の生徒が声をかけてきた。


 また格下の生徒が襲い掛かってきたのかと身構えるがどうやら違うらしい。だって普通ならそんな確認をするまでもなく襲い掛かってくる奴らが常であるからだ。


「あー……はい、そうですけど────」


 明らかに様子の違うその生徒の方へと振り返ると、そこにはどこか見覚えのある生徒がいた。


「────は?」


 それも何故かクソ女レビィアを連れて……。

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