第33話 クラス発表

 普通、これから一年同じ学び舎で学ぶ相手が決まるクラス発表と言うのは期待感を煽り、否が応でも期待して興奮してしまう行事の一つであろう。一度目の人生でもこの瞬間ばかりは素直に楽しみで、誰が同じクラスにいるのかを気にしたものである。


 しかし、二回目の今回は期待感もクソも、興奮するどころか絶望なんかもしちゃったりして、ある意味で俺の情緒をめちゃくちゃにしてくれていた。胸中には不安感しかない。


 門前に集められた新入生。五百人ともなればそれなりに広い場所とは言え直ぐに圧迫してしまう。それでも気にせずに新入生たちは今か今かとその時を待っていた。俺はその中に紛れて切に願う。


 ————どうか、どうかだけはいないでくれ……!!


 大看板に張り出された振り分け表。門前の広場には歓声が上がり、新入生たちは張り出された文字列に一喜一憂するが、俺は懇願するように振り分け表を見た。


「見てレイ!一緒!私とあなた同じクラスよ!!」


 いつの間にか隣に来て騒いでいる戦闘狂は無視だ。そもそもそんなこと最初から分かっていた。基本的に推薦や特待で学院に入学した生徒は同じクラスに振り分けられる。通称〈特進〉クラスと呼ばれ、前述した生徒のほかに試験の成績上位者15名が選出される。だから俺とフリージアが同じクラスになるのは最初から決まっていたことである。


「やったわ!これでいつでも勝負できるわね!!」


 この反応から彼女はこの事実を知らなかったらしい。ある意味でクラス発表を純粋に楽しめているのだから幸せ者である。


 ————それはいいとして……。


 隣の暴走系お嬢様に身体を揺さぶられながら、俺の視線はしっかりと大看板を捉えている。最重要確認事項はその〈特進〉クラスに破滅の元凶となったがいるかどうかだ。こればかりは一度目の記憶はあてにならない。


 正直、当時の事なんて微塵も覚えていないし、今思えば俺とが明確に知り合った時の記憶が曖昧で全く思い出せない。まあ、今回の人生もそれなりに年月が経っているし記憶がおぼろげになるのも仕方がないが、できればここら辺はしっかりと覚えといてほしかった。そんな訳で件のトラウマ爆弾が〈特進〉クラスかどうかなのだが────


「な、ない――――」


 依然として視界が揺れながらも〈特進〉クラスの振り分け者を確認すればそこに絶望を呼ぶ文字列(名前)は存在しない。他にも一度目のトラウマを刺激する名前がいくつか見えたが、それよりも今は名前がないことに安堵する。


 ————考えるのも悍ましい……。


「よ、よかった……」


「な、なによ、そんなに安心した顔して……だから最初から言ってるじゃない私と同じクラスだって」


「え?ああ、うん、そうだね。よかったね、嬉しいね……」


「なによその反応!?」


 変な勘違いをしてカッカする脳筋女を適当にあしらって俺は胸をなでおろす。


「それではクラスごとに教室へと移動する。ついてこい!!」


 気が付けば大看板前には数人の教師が立っており、彼らの案内に従って教室に移動する。あのトラウマ爆弾と同じクラスではないと分かれば、とりあえず今日の大一番は乗り切ったも当然だ。後は徹底的に地味に目立たずに過ごして、トラウマどもから距離を取れば平穏な学院生活を送れる。


「私を置いていくなんてどういう了見よ!?待ちなさいレイ!」


 ————本当に?


 背後から聞こえる大声で変な不安材料が増えた。


 ・

 ・

 ・


 広大な学院、まだ右も左も何処の教室へと続いているか把握していない新入生には正に迷路のように思えるだろう。それこそ教室まで案内してくれる係員がいなければ速攻で迷子になる生徒が続出するのは容易に想像できる────と言うか実際に話をまともに聞いていないお上りさんが遭難する。


「相変わらずだなここは……」


 数年ぶりの学院内。学び舎とは思えない豪奢な内装に新入生は歩きながらも視線は様々な方向に行っている。そんな誰もが落ち着きのない中で俺は軽く吐き気を催していた。お上りさんにもなりようがない、何せすでに一度目の人生で嫌と言うほどに歩いた学び舎である。数年のブランクはあれど大体の構造は理解しているし、懐かしさこそあれど、それはトラウマが相殺してくるので落ち着くどころか気分は沈む一方だ。


「凄いわね、レイ……!!」


「ああ、うん。ソダネ……」


 やはりどうしてか隣にいるフリージアは大変興奮している様子だが、少し静かにしてほしい。、公爵令嬢なのだからそれらしい風格を見せてくれないだろうか。後、女の子なんだからもうちょっとお淑やかにしてみてはどうだろうか……なんて期待したところで、一度目の彼女ならばいざ知らず今回の彼女はどうも無邪気に育ちすぎてしまった。


 ————あの時のデコピンの衝撃で頭があほの子になってしまったのか?


 結構本気でそうとしか思えない。こうなってしまったのは少なからず俺の所為なのではなかろうか? そうなると彼女の父であるアイバーン侯爵になんと謝罪をすれば……


「土下座で許してもらえるだろうか?」


 それこそアホなことを考えているといつの間にか目的の教室にたどり着く。他の生徒とは隔離するように〈特進〉クラスの教室は離れた場所に位置しており、なんとも異様な空気感だ。


 最後尾の方をノロノロと歩いていたので既に教室の中には他の生徒が入っている。案内してくれた教師と〈特進〉クラスの担当教師は別のようで中には生徒だけだ。外から何やら話し声が聞こえてくる。


 最大のトラウマと同じ教室と言う状況は免れたが、それを抜きにしてもこの教室────〈特進〉クラスにはまだまだ無数のトラウマが詰め込まれている。正にパンドラの箱だ。入るのですら相当な覚悟を要する――――


「何突っ立てるのよ?入らないの?」


「……」


 だというのにこの無遠慮女は俺の気持ちも考えずに扉を開けて中へと入る。そのまま腕を引かれたので俺も強制的に入室だ、本当にふざけんなこの戦闘狂。瞬間、教室にいた生徒たち全員が俺達に視線を向ける。無遠慮な視線に込められた感情は様々だ。


「おい、あれ……」


「あれが噂の裏入学の……」


「隣は〈氷鬼〉か?」


「ふざけやがって……!」


 奇異だったり、興味心だったり、怨嗟だったり。その殆どが隣にいるフリージアにではなく、もちろん俺に対する仄かな敵意————嘲笑にも似たものだ。変に尾ひれ背びれが付いているっぽい噂のこともあり、どうやら俺は自己紹介をする前から彼らに嫌われているらしい。


 ————上手くやっていけるだろうか?


 やはり最大の問題点を解決したところで、俺の学院生活の不安は尽きないのだとこの時に悟った。

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