第32話 注目度

〈クロノスタリア魔剣学院〉


 そこは国内や同盟国の未来ある優秀な人材を育成、そして排出することを目的とし、その為に設立された学び舎である。「魔剣学院」と名前があるように騎士や武人、未来の〈比類なき七剣〉の育成に注力しており、その校風は「実力至上主義」だ。


 一度、この学び舎の生徒になれば学院内では外で普遍の貴族の身分や権力は意味を為さず、単純な武力と知力によってその階級が決められる。簡単に言ってしまえば「脳筋」と言うことだ。


 ————どこかのクソジジイと同じ雰囲気をひしひしと感じる。


 と言うかまんまアレだ。そんな学院の入学基準は自らが謳う校風の通り実力があれば来るもの拒まず、誰でも入ることができる。その代わりに入学試験は尋常ではないほどに難しく、合格者数を定めていないのにも関わらずその年の合格者が百人に満たないこともザラにあるとかないとか。


 ————まあ、試験受けてないからよく知らんのだが……。


 もちろん、推薦や特待と言った制度も存在して、実力至上主義を謳っていながら高貴な家柄で実績のあるものであれば試験免除で学院に入学できる。金を積めば大抵の無理を通すことなんてのもできてしまう。財力も立派な力ってことだ。そして俺やフリージアがその例であった。


 ————まあそういうこともあって、傍から見れば俺は汚い方法を使って入学したように思われてるだろうな。


 勿論、裏金入学なんてしてはいない。その実、俺は過去の栄光————ジルフレアとの一戦を理由にしてこの学院に入学した……できてしまった。わざわざ大金はたいてトラウマだらけの学院になんて入りたくもない。


「おい、あの隣のって……」


「確かアレだ、滅多に社交界に出てこないブラッドレイの引きこもり息子」


「昔は「神童」って騒がれてたあの?」


「それそれ」


「あんな怠惰な奴でも学院に合格できるものなのか?」


「どうせコネとか裏金で無理やり入ったんだろ。あれがちゃんと推薦とかもらえる玉かよ」


「確かに」


 それ故に俺は今、周りの生徒たちからは絶賛陰口を叩かれている。


「なによあいつら……ちょっと黙らして────」


「うん。やめようね」


「なんでよ!?」


「なんでも何も、大体あってるだろ」


 それを聞いていた隣のフリージアが何故か憤慨してるので宥める。


 彼女はこの六年半でしっかりと実力を付けて、周囲を納得させるほど強くなった。一転してずっと屋敷に籠って鍛錬に明け暮れていた俺は周囲の評価もクソもない。なんなら尾ヒレ背ビレの着いた噂が独り歩きして陰口を叩かれる始末だ。


 いや、これにもちゃんと理由は存在するのだ。どうしてこんなズルして学院に入学したみたいになっているのかとか、こんなに周囲からヘイトを買っているのかとか……そもそも「試験を受けなければ入学もクソのなくね?」とバカなことを考えていた過去の愚かな自分が全部悪かった。


 一度目の人生では試験を受けて学院に入学したので、てっきり試験を受けなければ学院に行かなくて済むと思っていたのだが、父————ジークの執念は俺の想像を遥かに超えていた。既に彼の方で根回しは完璧にされていて、気が付けば過去の功績だけで推薦で入学することになっていた。


 ————あれ以降は本当に身を潜めて目立たずに鍛錬を続けてこれたのに、本当に誤算だった。


 まさかジルフレアとの一戦だけで本当に学院から推薦がもらえるとは微塵も思っていなかった。やはり〈比類なき七剣〉の名声とは恐ろしい。そういった経緯で変な噂が広まり、今のように思わぬところで目立ってしまってるのだ。


 ————ほんとに儘ならないね……。


 良かれと思ってすることが全部裏目に出てしまう。どうやら世界はどうしても俺をもう一度悪役に仕立てたいらしいし、壮絶なトラウマを味わって欲しいらしい。運命力と言うのは恐ろしいね。


「本当にぶっ飛ばさなくていいの!!?」


「はあ……大丈夫だから。俺、全然気にしてないから……はやく自分の席に行きなさいよ」


 ゲンナリとしているといつの間にか大講堂にたどり着く。そこで漸く隣でずっと煩かった戦闘狂と離れられた。


「私が納得できないじゃない……!!」


「知らんよ……」


「……そうだわ!入学式が終わったら久しぶりに私と勝負しなさい!それなら納得してあげるわ!!」


「いや、しないから。それならもう好きに暴れていいわ」


「なんでよ!!?」


 もう好きにしてくれ。あらかじめ座席は決まっているので俺はそそくさと指定の席に移動する。最後まで背後がうるさかったのはもう気にしない。気にしないったらしない。


 ・

 ・

 ・


 大講堂にはおよそ千人の学院生が集められていた。そのうち新入生は五百名。話に聞いたところによると、なんでも今年は「豊作」なんだとか。


 ————百人も受からない年もあれば千人受かる年もあるとか振れ幅が大きすぎるだろ。


「であるからして――――」


 大講堂で盛大に行われている入学式。壇上にはこの学院長————グイン・ブレイシクルの登壇挨拶をしていた。


 あのよぼよぼな爺様も元〈比類なき七剣〉であり俺の脳筋師匠の同期にあたる人物だ。その席は第三席で相当な実力者。一度目では彼に何度、院長室に呼び出されて説教をされたことか。


 ────また嫌なこと思い出した……。


 どこを見てもやはりトラウマだらけ、そろそろ鬱になっても仕方ないだろと内心で愚痴を零してると、更なるトラウマの一つが壇上に登った。


「新入生代表、クロノス・クロノスタリア」


「はい!!」


 一人の生徒の名前が呼ばれて覇気のある返事がした。それだけで大講堂にいたほとんどの生徒がざわつき始める。それに反して俺は顔を顰めてしまった。


 ————まあ今回もあの人だよな。


 この挨拶の代表者だけは絶対に変わらないと確信していた。見覚えのある――――と言うかこの国の国民ならば誰もが知っている人物、クロノスタリア第二王子クロノス・クロノスタリア。


 彼が新入生代表で登壇することを俺は最初から分かっていた。一度目の人生のトラウマの中で上位に入るその人物を見ただけで全身の悪寒は止まらない。


 ————今回は絶対に関わらない。


 一度目の人生で俺はあの王子に学院生活の態度や素行の悪さを何度も注意され、それがうざったらしくて毛嫌いしていた。今思えば王族相手によくあんな舐めた態度をとっていたものだと思う。


 ————実力至上主義だとしても、一度目の俺はその実力すらも下だったし……。


 もう本当に目も当てられない。一度目のことを軽く思い出して卒倒しそうになっていると件の王子様の挨拶は終わってしまった。そこから式は恙なく終わりを告げて、新入生はまた学院の門前へと集められてクラス分けを確認する。


 もちろん俺もその絶望すぎるイベントにいやいや参加するしかなかった。

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