第29話 反省会
漸く呼吸が落ち着いてきた。けれど依然として体は怠くて視界はぐらりと揺れているような感じがして気持ち悪い。
「……」
記憶は朧気、なんだか頭に血が上りすぎて余計なことをペラペラと話してしまったような気がする。
「どうしたレイ? いきなり黙り込んで?」
……いや、気の所為なんかではない。今まさに俺は目の前の爺さんに完敗して絶賛地面に寝転がっているわけだが、一向に起き上がらずに先ほどのことを後悔していた。そんな俺を見て頭上の爺さんが不思議そうに首を傾げる。
先ほどの決闘で力を使い果たし、少し休憩をしなければ立ち上がることができない。と言うのも俺が動けない理由ではあったが、一番は羞恥心による精神的なダメージにより動く気力を失っていたというのが大半を占めていた。本当に恥ずかしい、恥ずかしすぎてもう何もしたくない。今までずっと内に秘めて、墓場まで持っていくと決意していた弱音をあろうことかこのクソジジイ相手に吐いてしまった。
────本当に情けない。
爺さんは今の俺の吐露を大して気にした様子ではないが、そういう問題ではない。逆に何も気にしていないのはそれでそれでムカついてくる。もうなんだか思考がひっちゃかめっちゃかだ。絶対に助けると誓った相手に思いの丈を吐くなんてダサすぎる。
────本当に悪い癖だ。早く何とかしなければ……。
頭に血が上ると我を失うのは今後の為にも改善する必要がある……とこれまで何度痛感したことだろうか。ここまで頻繁に悪癖が出てくると治せる気がしなくなってくる。
────それにしたって反応が薄すぎる……。
あんなに喚いたり騒げば必ずこのクソジジイはドヤしてくると思っていた。しかし実際はその逆で実に大人しい。こんな一人で羞恥に悶えることになるのならばいっそのこと思い切り煽って来てほしかった。
────そっちの方が吹っ切れるというものだ。
思考はどんどんと理不尽な責任転嫁をしていく。何度思い返してみてもやはり喋り過ぎた。自分が過去を繰り返していることを勢いで暴露してしまったが存外この爺さんはそれに納得しているようだし……なんだか本当に拍子抜けだ。普通はもっと言及してくるところだろう。
────まあ、爺さんがそれについて言及してこないならそれでいい。
もうこの際、未来も過去なんてのは関係なくなってきているんだ。それにいつまでもこの爺さんのことで思考を割くのは時間の無駄だ。
「切り替えよう」
「お、ようやく立ち直ったか?」
一人反省会を終えて、それと同時に立ち上がるくらいの体力も戻ってきたので立ち上がる。そんな俺を見て爺さんは快活に笑う。
「やはり俺に勝つにはまだ六年半は早かったな!」
「やけに具体的な数字だな……」
「そりゃそうだ。実際のところ、真面目に鍛錬を積めばあと六年半……なんならそれより早くお前は俺を超えられるだろうさ」
「それは流石にムリだろ……」
今でこの体たらくだ。流石にたった六年半でこの龍の
「格付けも済んだしこれからビシバシ行くぞ! 時間がいくらあっても足りん、とりあえずはお前が学院に行くまではひと段落付けたいな!!」
「いちいち人をおちょくらないと気が済まないのかよ────」
随分とこちらの神経を逆なでする物言いだがそれよりも気になる単語に俺は待ったをかける。
「ちょっと待て爺さん。今、学院って言ったか?」
「ん?ああ、言ったな。それがどうした?」
質問の意味が分からないと言わんばかりに不審げな爺さん。その反応は全く御尤もなんだが、それでも俺はその単語に反応せざるを得ない。
「学院っていうのはあれだよな────クロノスタリア魔剣学院のことだよな?」
「それ以外に何があるっていうんだ。どうしたんだ急に、おかしいぞ?」
結構本気目で爺さんに心配されるが、やはり俺はそれどころではない。反射的に俺は爺さんにこんなことを訪ねていた。
「……やっぱり学院にはいかないとダメなのか?」
切実に、俺はそこに行きたくなかった。
何故か? もう「学院」と言う単語の時点でお察しだろうが、それは以前、俺が死んだときに通ってい場所であり、数々の嫌な思い出がが詰まっている、正にトラウマの宝庫である。
本当に行きたくない。会いたくない奴もたくさんいるし、学校に通うくらいならば冒険者にでもなって更に強さを追い求めたいのが本音である。しかし、暫定的であるが家督を継がざるを得なくなったこの状況でそんな暴挙が許されるはずもなく────
「それは流石にムリだろう……貴族は勿論、国の未来を担う優秀な人材が多く集まる場所だ。必ずお前の良い刺激、成長につながるはずだぞ?」
「うっ……」
────終いには爺さんに諭され、正論を言われる始末。非常に認めたくないが、言ってること全てその通りなので否定もできない。いや、分かっていたさ。実際にこんな我が儘を言ったところで俺の願いが叶うはずもないって、結局のところ俺はもう一度学院に通う必要がある。
「まるで行きたくないような……ああ、実際に行ってるからそんなこと言ってるのか、ややこしいな────」
受け入れがたい現実に打ちひしがれてると、爺さんはぼそりと独り言ちる。なんでそんな自然と俺が人生二回目なことをこの爺さんは受け入れてんだ。
────反応したら負けだ。余計に面倒なことになる。
意識を逸らすべく俺は悪あがきを続けた。
「なんとか爺さんから父様を説得してもらって冒険者になる未来は……」
「無理だろうな。ジークはお前を当主に据える気満々だ。そんな期待してる息子をわざわざ手放すアホがどこにいる」
「ですよね……」
分かっていた。分かっていたことではあるがいざ言葉にして突きつけられると来るものがある。やる気になった途端に思い出したくもなかった現実、迫りくる未来に不安が募る。
────今度はうまくやれるだろうか?
自信は……まあ無い。気を抜けばまだ以前のようにどうしようもない自分が表に出るし、どこでボロが出てしまうか分かったものではない。
「まあそんな不安がるな。言っただろう学院に行くまでにはひと段落付けると。変な当てつけをしてくる奴は実力で黙らせろ。俺がそうしたようにな!」
「俺はクソジジイと違って平和主義者なんだ。誰彼構わず喧嘩なんか売るかよ」
「……やっぱり、相当学園に苦い思い出があるんだな。どれ俺に話してみろ」
だからなんで自然に一度目のことを受け入れるし、普通に聞いてくるんだよこの爺さんは……。
「はあ……」
二回目の人生も随分と厄介なことになってきた。本当に今更ながらそんなことを思うが……存外、悪い気はしない。
────果たして俺は俺が思い描く未来を無事につかみ取れるのだろうか?
それでも不安は募るばかりである。
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