第19話 郊外訓練(3)
そもそも「魔物」とはなんなのか?
それらは大気中に存在する魔力を体内に取り込み突然変異を起こした動物の総称だ。取り込んだ魔力や蓄積した魔力の量で魔物の強さは変化し、何十年、何百年と魔力を取り込み蓄えた魔物は国を一夜で滅ぼすほどの強さをその身に宿すと言われている。
────まあ、そんな魔物はお伽噺に出てくるくらいで実際にここ数百年で災害級の魔物は観測されていないんだけどな。
それでも人類に害を成す魔物は後を絶たず、その被害は年々増えていく一方である。その多さや危険性から死人も絶えず、このことから魔物にはある程度の等級を設けてできるだけ実力に見合った魔物と戦うことが義務付けられている。
そして現在、俺達の前に立ちはだかる魔物────ハウルウルフは十段階存在する階級の中で
それでも侮ることなかれ、最下位の魔物だとしても奴らはその弱さを補うようにして群れて、軽々しく大の大人を虐殺できる。『だから魔物と対峙するときはいつでも死ぬ覚悟で生き延びろ』初めて魔物と対峙する直前、爺さんに言われた言葉を思い返す。
「おらあ!!」
気合の籠った声が背後から聞こえてくる。敵は全部で四つ、等級と敵の数からして各個撃破が効率的で今の最善策である。ハウルウルフはその並外れた統率力と連携でこちらを翻弄してくるのだ。だからできるだけ各々の距離を遠ざける。
「Garrru!!」
いつまでも周りの様子を気にしている暇はない。気が付けば眼前にはこちらの首元を嚙みちぎろうとしてくるハウルウルフの鋭利な牙が迫りくる。
「よっ……と」
それを半身で難なく躱して俺は反撃に転じる。まだ血と魔力は馴染ませ始めたばかりで違和感がぬぐえない、身体も全然温まってしないし万全とは程遠い。〈血流操作〉は試運転の状態だ。それでもこのオオカミに負ける気はしなかった。
「おらあ!」
勢いよく真横を通過していく無防備なハウルウルフを見逃す道理もない。俺は事前に支給された鉄剣でハウルウルフの腹を断ち斬る────斬る、と言うよりも叩き落すと言った方が表現としては適切かもしれない。
「Gyaw!?」
作りとしては平凡、刃も今の切れ味からして驚くほど鋭いわけでもない。使い手によっては全く使い物にならず、こんな鈍らで戦うことなんてもってのほかと思う者のいるかもしれない。それこそ王国の騎士団が支給するには粗悪すぎる。
────それでも爺さんは今回の訓練にこの剣を選んだ。
何故か?
訓練された彼らならばこんな粗悪な鉄剣でも容易く魔物を屠れるから? 間違いではない。しかし、今回はもっと別の意味が込められている。暗にあのクソジジイはこういいたいのだ。
────どんな状況でも最善を尽くせるようにしろ。
魔物との戦闘、戦争でも状況はなんだっていい、戦う奴らは等しく万全の状態で戦闘に臨めるわけではない。もしかしたら敵の方が数で有利かもしれない、もしかしたら地の利はあちらに軍配が上がるかもしれない────もしかしたら手持ちの武器が粗悪な鉄剣一本のみかもしれない。
どんな状況でもその時にできる本来の実力を発揮するための訓練でもあるのだ。
だから、今俺ががハウルウルフを一撃で屠ったことはさして驚くべきことでもない。なにせ、ゴードン達も何ら問題なくハウルウルフを撃破しているのだから。
「よし、全員無事だな」
「幸先がいいね、もう4体も倒せたよ」
「レイも流石ね」
「ありがとうございます」
いつも訓練では俺がゴードン達を圧倒することが多いが、それでも彼らは王国騎士団の騎士であり、その実力は折り紙付きだ。最下級の魔物に後れを取る者は誰一人としてこの場には居ない。
「このままどんどん行こう。森の中腹に入るまでは支給された鉄剣、そのあとはいつも通りで構わないとのお達しだ」
討伐した証拠として右耳をはぎ取り、残りは勿体ないが燃やす。与えられた指令とその内容を考えれば、のんびりと解体する時間も惜しかった。先に進むゴードンさん達の後に俺は続いた。
・
・
・
森に入ってから半日が過ぎた。
「これでようやく半分か……」
「これ本当に終わるかな……?」
「無茶苦茶すぎるのよあの人……」
────ごもっともです。
討伐対象である魔物────ハイドゴブリンの群れを撃破し、これでようやく指令書に書かれていた目標討伐数の半分を倒し終えた。しかし圧倒的に時間が足りない。
「陽も落ちて、森の中じゃまともに視界を確保できない。完全に見えなくなる前にキャンプの設営を終わらせちまおう」
「「「了解」」」
ゴードンさんの言葉通り陽は落ちて、森の中は刻一刻と暗闇に蝕まれつつある。現在地はベイラレルの森の中腹、遭遇する魔物も序盤のハウルウルフとは比べ物にならないほどに脅威度を増して、手強くなってきた。
ここまで大した休息も取らずに戦闘と移動の繰り返し、血眼になって目標討伐数を達成するために魔物を狩り続けてきたが、流石に日々を訓練に費やし体力に自信がある騎士達でも精神的に限界が来ていた。それ故の移動の断念、これ以上ムリをしても危険を招くだけだと彼らはよくわかっていた。
「昨日と同じような分担でいいですか?」
「ああ、それで行こう」
俺もそれをよく理解し、だからこそゴードンさんの判断に不満はなく、寧ろ妥当だと納得していた。了承を得てから設営作業に入る。昨日は初めてで上手くテントの設営ができなかったが一度教わって、実際に設営も経験すれば何となくコツは掴めてくる。
「こっちの設営は終わりました。手伝いますよ、リルさん」
「おお! 昨日の今日でもう一人で手際よく設営を終えるとは……流石はブラッドレイの御子息様……」
「なんですかそれ。褒めても何も出ませんよ?」
大げさに驚くリルさんに俺は苦笑を浮かべてテントの設営を補佐する。一人でも簡単に建てられるテントだ、それを二人で行えば設営なんて更に容易い。十分と経たずに二つのテントが立ち上がる。
「飯にするぞ~」
同じく火おこしや他の作業を終えたゴードンさんに呼ばれる。
「行こっか」
「はい」
そのまま四人で焚火を囲み、携帯食料で雑に腹を膨らませながらすることと言えば────
「レイは本当に八歳か?」
「そうですよ……なんですか突然?」
俺の話であった。幼いながらに成人である騎士でも根を上げる郊外訓練に平然とついてくる俺が不思議でならないらしい。俺としてはそれが当然であると信じて疑わないが傍から見ればそれは異様な光景であり、それは一緒にここまで来たゴードンさん達が一番感じていたらしい。
「いや、どう考えても八歳とは思えない体力と戦闘にちょっと確認したくなってな……」
「訓練の時から常々思っていたことではあるけどレイくんは規格外だよね」
「そのうえ驕らず、謙虚で人生何回目って感じよね」
「ほ、褒めても何も出ませんよ?」
鋭い所を突いてくるリルさんの言葉、これが二度目の人生だってバレるはずがないと分かっていても不意に言われてしまうと焦ってしまう。
「俺たちは本気で言ってるんだぜ、レイ?」
「そうだよ、駐屯所に来ない日はどんな鍛錬をしてるんだい?」
「あ!それ気になる。なにかそこに強さの秘密があるのかも……」
「えーっと────」
しかし、そんな俺を気にせずにゴードンさん達は次から次へと質問をしてくる。やはり俺にとって誰かに認めらるということはまだ慣れないことであり、とても誇らしくはあったがそれと同時にむず痒くもあった。
「なんだ、照れてるのか?」
「あ、ほんとだ」
「可愛いところあるじゃな~い」
そんな思いが表情に出てしまっていたのか、ゴードンさん達は揶揄ってくる。流石に彼らが面白がっていることに気が付き「勘弁してくださいよ」と苦笑するが彼らは逃してくれない。その後も談笑は続き、火の番を決めれば明日に向けて休息をとる。
「それじゃあ明日に備えてそろそろ休むか」
明日の夕暮れまでに目標数の魔物の討伐と森からの脱出が俺達のするべきことだ。課題をクリアできるか、実際のところ怪しいがそれでもできると信じて眠りにつく。
その夜、俺の運命が動き始めた。
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