第11話 反省

 高温の熱量が訓練場をほんの一瞬だけ支配した。


 時間にして僅か数秒、だというのにそこにいたほとんどの人間が大量の汗をかいていた。例にもれず老兵────フェイドも大量の汗をかいてその光景を呆然と見ていた。


 たった今、一人の少年が熱源体の光と熱に充てられて気を失ったところである。距離をとっていたフェイドたちでさえ意識がくらりと揺れる威力だ、その眼前にいた彼はきっと尋常ではない衝撃に晒されたことであろう。それでも流石は〈比類なき七剣〉と言ったところか、少年は気を失っているものの魔法は直撃しておらず無傷であった。


 ────直撃していれば灰になって終わりか……。


 もしそれが実現すれば冗談では済まされないが、そこは最優の騎士の圧倒的な技量の成せる業だった。


「お兄様!!」


 誰もが呆然として息をすることすら忘れる中、一人の少女が飛び出す。まだ辺りには熱が残っており、幼い彼女にはそれはとても辛く、苦しいものであったがなりふり構わずに地面に伏した少年のもとへと駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


 その小さな腕で一生懸命に少女は少年の身を抱き上げた。兄妹なだけあってその容姿はとても似通っており、なんとも涙ぐましい光景ではないか。当然、息はある。少し安静にしていれば少年はすぐに目は覚めるだろう。


「あ、あれってやばくないか……!?」


「早く担架を────!!」


「医者だ!医者も呼んで来い!!」


 そうだとしても少女より数秒ほど遅れて周りの騎士たちも少年の心配をする。その場にいる全員が、今の一戦を観戦していた誰もが少年に注目する中、相対した深紅の騎士は戦々恐々としていた。そんな彼を見て老兵はほくそ笑む。


「どうだった、俺の弟子は?」


「はい……まだあの若さであそこまでの力量、本当に驚かされました。まさかこの私が一撃でも許してしまうとは……」


 老兵の態度を歯牙にもかけず、最優の騎士は微かに擦れた跡のついた鎧の胸部分を見て呟く。


「がはは!俺の弟子だからな!アレくらいやってもらわなきゃ困る!!」


「本当に貴方には驚かされてばかりです……」


 例え、敬意を持って放った魔法であってもあれは正真正銘この国最強の騎士が放った魔法に違いない。この事実がどれほどすごいことなのか、老兵はよく知っていた。


「どこまで導くおつもりですか?」


 満足げな老兵の様子に深紅の騎士が興味本位で質問した。それに対して彼は煮え切らない、はっきりとしない態度を示した。


「どこもなにも、それを決めるのレイあいつ次第さ。俺はただ自分の持ち得る技術を叩き込むだけさ」


「それがどれだけ大変なことか……ブラッドレイの御子息には同情しますね」


 途端に苦虫を嚙み潰したように最優の騎士は眉根を顰める。まるで実体験でも思い返すようだ。


「そもそも最初はそんなおつもりではなかったのでしょう?どうしてまた急に……」


「気が変わった……と言えばそれまでのことなんだがな。どうにもあいつはここ数日で別人に化けやがった、まるで生まれ変わったようにな」


「全くもって信じられませんが、実際にあんなのを見せられたら信じざるを得ませんね……あのブラッドレイの傲慢息子が更生ですか────」


「がはは!!アイツはあっという間に俺を超えるぞジルフレア!お前も今ふんぞり返って座っているその椅子が取られないように気を付けるんだな」


「肝に銘じておきます────元〈比類なき七剣〉第一席、紅血魔帝のフェイド・ブラッドレイ様」


「その呼び方は止めろ。それに、俺はもうブラッドレイじゃない」


「そうでしたね」


 そこで彼らの会話は途切れた。


 ・

 ・

 ・


 気が付けば俺がいたのは少し鉄と油の匂いがする訓練場ではなく、自分の部屋であった。


「……は?」


 全身を包み込むベットの柔らかさに困惑する。状況が理解できずに呆然とし、そうして最後に覚えている光景を思い返して今頃冷や汗をかき始めた。


「よく生き残ってたな……」


 色々とやらかしてしまった自覚はあったがまずは五体満足で生きていることに安堵するべきだろう。「使うな」と言われていた隠し玉を全放出して、最後にはあの〈比類なき七剣〉の魔法を正面から受けた。血の使い過ぎで気分は頗る不調だし、この短期間で二度も死にそうな目に遭うとは思わなかった。


 ────そのうちの一回は実際に死んでいるんだが……。


 まあ細かいことは良い。なんとか気分を落ち着かせて体を起こうとするが、どういうわけか全身がビクともしない。


「は?」


 再びの間抜けな声。どれだけ踏ん張ってみても体に力が入らずにどうにもならない。


「や、やばいのでは……?」


 なんとかしようと試みるが、そもそも何とかしようにも体が動かないのだからどうしようもない。結構、本気で焦り始めていると部屋に誰かが入ってきた。首も動かないし、視界にも限界があって誰が入ってきたのかは分からないが、すぐに聞こえた声で察しが付く。


「お兄様!!」


 一人は妹のアリスだ。彼女は俺の意識があることを確認すると勢いよく抱き着いてきた。


「んぐえ!?」


「ご、ごめんなさい、お兄様!」


 無防備に体を締め付けられ、激しい衝撃と激痛が全身を駆け巡る。思わず変な声が出て、アリスは慌てて抱き着くのをやめた。藻掻き苦しむ俺を見てもうひとりの訪問者が笑う。


「わはは!起きたか、元気そうじゃないかレイ」


 勿論、クソジジイだ。視界に入ってきたムカつく顔に半目を向けて俺は爺さんに説明を求めた。


「俺はどうなった?」


「どうもこうも、ジルフレアの虚仮威しにまんまとビビッて気を失ったな」


「そうか……」


 いつもの調子で煽ってくるクソジジイに、しかし俺は素直にその言葉を受け入れる。そんな俺を見て爺さんは首を傾げた。


「なんだ、やけに大人しいな。落ち込んでんのか?」


「好き勝手暴れすぎて疲れてんだよ……そもそも俺みたいな未熟者が〈比類なき七剣〉の一人に勝てるなんて最初から思っちゃいない。わかっていたことだ」


 最後の最後、ほんの少しであれ、彼の魔法を引き出せただけでもすごいと自分でも思う。十分によくやっただろう────


「その割には納得いってない顔だが?」


「────うるせえ……」


 ────そう自分の中で納得しようとするがどうにもしこりが残る。もやもやと晴れない気分に顔を顰めていると爺さんは徐に言った。


「安心しろ、あと数年もすればお前はジルフレアよりも強くなれる」


「……は?」


 意表を突かれる。まさか、この爺さんに人を励ますほどのおべっかが使え……いや、今の言葉が冗談ではないことを俺はよく知っていた。この爺さん、言うことはメチャクチャでどうかしているが、決して不可能なことは言わないし嘘は吐かない。だから今の言葉には正直驚いた。


「まあ、今まで以上に死ぬ気で鍛錬に励む必要があるがな。レイよ、お前にその覚悟はあるか?」


「ない」


 いつになく真剣なその眼差しと声音に茶化す雰囲気でもない。それでも俺は本心からその言葉を拒む。即答だ。


「そもそも俺はある程度の実力者より強くなれればそれでいい。この家の家督を継ぐつもりもないし、俺は平々凡々と暮らしたいんだ。だから〈比類なき七剣〉を倒せるほどの強さは必要じゃない」


「……そうか────」


 爺さんに言うのは初めての俺の思いの丈。弟子としては相当情けなく、しかも家督を継がないと宣言したと言うのにやけに彼は落ち着き払っていた。まるで全てを見透かすかのように────


「それでもお前は強くなるだろうし、強くならざるを得ないだろうさ。血がそうさせるからな……」


 ────確信めいたように言う。


「なんだよそれ……」


「今は分からんでもいい。今日はゆっくり休め、明日からはより厳しく鍛錬をしていくぞ」


 そう言って爺さんは部屋を後にした。取り残された俺は深くため息を吐いて、気を緩める。爺さんと一緒に出て行かなかったアリスが不思議そうに尋ねてきた。


「お兄様はもっと強くなるのですか?」


「自分で納得できるまで強くはなるよ。でも、ジルフレアを倒せるほど強くなろうとは思わない」


「なぜですか?」


「そもそも彼を倒す必要がないし、さっきも言ったけど俺は平穏な日々を過ごしたいんだ。望む日常を守れるくらいの力があればそれで十分、もう高望みはしないって決めたんだ。一回目の時に身をもって思い知ったよ」


「???」


 素直に理由を話したところでアリスは可愛らしく首をかしげるだけだ。


「まだアリスには難しかったな」


 そんな彼女に笑みをこぼして、俺は久方ぶりにゆっくりとベットの上で休むことができた。



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