第3話 行動開始

 やはりどう考えても幼い頃のクレイム・ブラッドレイというのはクソ生意気で調子に乗った子供だったと思う。それこそ、八歳この頃が人生のターニングポイント。自分という人間の根幹を形成したと言っても過言ではなかった。


 自分で言うのもなんだが、優れた血統、家柄、天賦の才によって何不自由無く、悠々自適な日々を送っていた俺はそれが当然のことだと驕り高ぶり、人生というのは自分の都合の良いようにできていると舐め腐ったことを考えていた。その結果があの死なのだから、他人に騙されたからと言っても危機管理能力が圧倒的に足りていなく、自業自得とも今なら思える。


「本当に愚か者すぎる……」


 この世に「当然」なんて「絶対」なんてことはありはしない。誰しもがその「当然」や「当たり前」を享受する為に並々ならぬ努力をしなければならない。そんな正にのことを俺は何も理解していなかった。


 別に俺を取り巻く周りの人間が全員、俺のことを肯定してくる奴らだったわけではない。確かに、侯爵家と言う家柄、類まれなる才能や将来を約束されたような俺に媚や護摩を擦ってくる人間が大多数であり、それに気を良くして俺はどんどんと助長していった。だが調子に乗りまくっていた俺を諌め、正しい道へ導こうとしてくれた人間も居たにはいた。


 しかし、過去の愚かな俺はそれらを「バカバカしい」と「何を戯言を」と全て一蹴し嘲笑、無視してきた。「俺には関係のないことだ」と好き勝手に生きてきた。その結果が悲惨な未来であり、死んでようやく彼らの様々な助言が心に刺さる。


「子供とは思えない聞き分けの悪さだったよなぁ……」


 これから会おうとしている人物も過去に俺を正しい道に導こうとしてくれた人物の一人である。その人物とは数日前に俺を訓練でぶっ飛ばした張本人であり、現在王都にある我が家に滞在しているグレンジャー辺境伯、俺の大叔父にあたる老父であった。


 正直に言ってしまうと、幼い頃の俺は大叔父が苦手だった。ことある事に所作の注意をされ、訓練ではこれでもかとボコボコにされて、彼は俺に対して異様に厳しかった。子供ながらに「このクソジジイ、頭沸いてんじゃねえか?」とか「いつか絶対にぶっ飛ばしてやる」とか復讐心を燃やしたものだが、俺よりも何十倍も強い大叔父を負かすことなんて不可能に等しくて終ぞその野望は叶わなかった。


 今ならば彼の俺に対する厳しさや、当たりの強さも分かる。次期当主としての自覚を持てと暗に大叔父は言いたかったのであろう。けれど、俺のクソガキムーブを度外視してもあれは常軌を逸していたように思える。


「できれば会いたくはないな……」


 大叔父との訓練やその他の思い出は俺の幼い頃のトラウマの大部分であり、彼への苦手意識は拭うどころか増幅してさえいる。意気揚々と自室を飛び出したはいいが次第に足取りは重くなる。そうして大叔父が居るであろう父の執務室の前で足踏みをしていた。


「……」


 訓練で意識を失ってから昨日まで安静を言い渡され、言うなれば今日が初めて過去に戻ってきてからの大叔父との再開である。心を入れ替えたとしても緊張はしてしまうし、そもそもほんの数日前に大叔父に意識を吹っ飛ばされるぐらいボコボコにされているのだ。その時の記憶はなくとも体はしっかりと覚えているようで無意識に震えてくる。


「や、やっぱり今日はやめ────」


 臆病風に吹かれてここまで来て情けない弱音が吐いて出る途中、不意に背後から声をかけらる。


「な、なにをしているのですか、お兄様……?」


「ッ!?」


 幼くあどけない声音はどこか不安げで、懐かしく思う。しかし予想外の人の声に俺の身は強張る。よくよく考えずとも過去に戻って来てから誰かと顔を合わせるのはこれが二回目。母やメイドのカンナならば特に緊張する必要はないが、今しがた聞こえてきた声と、そこから呼び起こされる記憶はトラウマの一つである。


 振り向くとそこには俺よりも幾分か幼い少女────妹のアリスがおずおずと俺の様子を伺っていた。


「あ、アリス……」


 肩辺りで綺麗に切りそろえられた黒髪は俺と同じく疎らに朱色が入っている。幼いながらにその顔立ちは整っており、将来は確実に美人になること間違いなしだ……と言うか実際に彼女は沢山の貴族から求婚されるくらいには美人に成長していた。


 一瞬、懐かしさを覚える妹の幼い姿に、しかして脳裏に過るのは死ぬ間際の光景。大人びたアリスの冷徹な俺を侮蔑する眼差しが思い起こされる。瞬間的に体の震えが酷くなる。思い出したくない未来の恐怖に俺の思考は鈍る。対するアリスも俺の元まで来たはいいが、とても怯えた様子だ。


 どうして彼女がここまで怯えているのか?


 その理由は簡単ですべて幼い頃の俺の所為であった。この頃はちょうど妹のアリスにキツく当たり散らかしていた時期であり、よく悪戯をしたり、度を越えて泣かしていた。それでも兄である俺に構ってほしかったアリスは泣かされると分かっていても俺の後をよくついて回った。


 ────今思えば本当に一度目の自分はクズだな。


 異様な罪悪感に苛まれながら、いつまでも黙っているわけにもいかずに俺は何とか平静を取り戻してアリスの質問に答える。


「えっと……こ、これからフェイド叔父様のところに行くんだよ」


「叔父様のところ……ですか?」


「うん」


 笑顔を張り付け、できるだけ優しく妹に説明をしてあげる。二度目の人生、俺のスローライフの為には彼女の力が必要不可欠だ。まだ俺に話しかけてくれているということは関係の改善も遅くはないはず、よりよい未来の為には彼女からの心証を良いものにしなければ。


 ……それを抜きにしても二度目の人生は妹と良好な関係を築きたいとも思っている。一度目の兄妹関係は相当に歪んでいておかしかった。何年もまともに顔を合わせず、言葉を交わすなんてもっての外。その原因は全て俺の所為ではあるのだが、やり直せる機会をもらえたのならば今度は彼女とも普通の兄妹の絆と言うのを築いてみたい。


 ならば俺のやるでき事は決まっていた。


 一度目の人生ではできなかった、してこなかった、御座なりにしてしまった、不必要だと吐き捨ててしまった、彼女に優しくして、甘やかして、溺愛して、彼女にとって良い兄になるのだ。


「アリスも一緒に来るかい?」


「い、いいのですか!?」


 まずはその第一歩。理由を聞いたはいいもののそこからどうすればいいかわからず、軽く涙目になっている妹に一つ提案をしてみる。


「もちろん、アリスが嫌じゃなければね」


「────い、いやなはずありません!アリスも一緒に行きたいです!」


 まさか俺から「一緒に来る?」と聞かれると思っていなかったアリスは少し固まってから勢いよく首を横に振ってから縦にも振った。


「よし、それじゃあ決まりだ」


「はい!!」


 パッと花が咲いたようなアリスの笑顔にこんな顔で笑うんだな、と一度目では決して見ることのなかった、気が付けなかった発見をする。彼女のこんな顔を見ることができただけでも「死んで良かったかもな」と思えてしまう。


 そうしていじらしく服のすそ掴んでくるアリスの手を取って俺は大広間の扉を開いた。

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