第1話 死に、戻る
死んだ。そう、確かに俺は────クレイム・ブラッドレイと言う愚か者は首を切断されて殺されたはずだった。だというのにこれは一体どういうことなのだろうか。
「え?」
完全に途切れた意識が再び引き戻される感覚。誘われるかのようなそれに引き寄せられ、目を開くとそこは随分と見覚えがあり、懐かしさも感じる幼い頃の自室の天井であった。
「……は?」
再び間抜けな声が漏れる。理解が追い付かない。確かに俺は王都の大広場、多くの観衆の前で斬首刑に処され死んだ。それなのに五体満足で、ちゃんと首も繋がっている。
────どういうことだ?
しかもすぐそばにある姿見に目を遣れば幼い頃────弱冠8歳のころの自分の姿が映っているではないか。
「夢でも見ているのか?」
真黒な髪の中に疎らな赤色が混じった中途半端な髪色、顔立ちは整っているが若干目つきが悪く、いつも何かを睨んでいるような人相は見紛うことなく自分の容姿そのものであり。状況を確認すればするほど思考は混乱していく。
「どうして?」「なぜ?」と疑問が浮かんでは脳内でそれらは積み重なって渋滞を起こす。再三言うが俺は確かに死んだ。なのにどうして今こうして意識があり、幼い頃の姿で目を覚ましているのか。
────感覚はある。夢が覚める気配もない……。
ベタではあるが自分の頬をこれでもかと捻り摘んで痛覚による意識の覚醒を試みるが無意味、確かにこれが現実であることを証明してしまう。
「大丈夫、レイちゃん!?」
そんなことをしていると不意に部屋の扉が開け放たれる。何事かと扉の方へ視線を遣れば、そこには血相を変えて入り込んでくる母親の姿。その後ろには従者────メイドのカンナも一緒だ。
────どっちも若い……。
一番最後に見た彼女らは年相応に老いて、今ほど若々しくはなかった。肌ツヤなんかを見てみろ。ハリときめ細やかさが段違いではないか、若さと言うのは恐ろしい。
「もう!目を覚まさないから本当に心配したんですよ!!」
「え?ああ、す、すみません……?」
なぜか号泣して抱き着いてくる母をなだめながら俺は改めて状況の整理に努める。扉の前で恭しくこちらの様子を伺っていたメイドのカンナに質問をしてみた。
「……カンナ。俺はどうしてベットに寝ていたんだ?」
「はい。坊ちゃまは大叔父様との訓練中に激しく頭を打ち、そのまま意識を失って倒れてしまいました。急いで医者に診せたところ頭の方は特にケガはなく異常もなし。ただ激しい衝撃で意識を失っただけとのことでベットに運んで様子を見ておりました」
────嘘だろ……。
聞き覚えのあるカンナの話に俺は内心で驚く。それは幼い頃に経験のあったトラウマの一つであり、今のこの状況は正しく一度体験したことがある。
カンナの今の説明で急速に脳内に渋滞していた疑問・疑惑が処理されていく。爽快な気分とそれを塗りつぶすような困惑に感情は複雑だ。そうしてバカバカしい考えが不意に過る。
────
「あ、ありえない」
「何がでしょう?」
無意識にこぼれ出た俺の言葉にカンナは機敏に反応する。しかし、それに反応するほどの余裕はない。すぐに脳裏に湧いて出た現実味のない考えを振り払い、これは神様が最後の慈悲として見せてくれた夢であると信じる。
「そうだ。そうに違いない……」
「坊ちゃま……?」
そうして俺はいつまでも泣き止む気配のない母を優しく宥め、懐かしい記憶の追体験と感傷に浸る。それをメイドのカンナは奇妙なものを見るように釈然としない顔をしていた。
────思えば、まだこの頃は家族関係や周りを取り巻く環境はマシだったな……。
けれどその時の俺にはどうでもいいことであった。
・
・
・
目が覚めてからどうしてか2日が経った。
どうやらこれは夢ではないらしいと、これだけ時間が経過してしまえば無理やりな現実逃避も難しくなってくる。
今、自分の身に起こっていることは神の慈悲でもなければ、死後に見る走馬灯でもない。そうして思う。
────これが夢であればどれだけよかったことか。
まさに絶望の始まり────いや、繰り返しである。どういう原理、理屈で俺が
何故か? 理由は単純である。これから起きる悲惨な未来を、これから自身に降りかかる災厄を俺は知っているし、もう一度繰り返さなければいけないことが確定しているからだ。誰が好き好んでまた色んな人間から憎まれながら処刑されたいというのだろうか。
「ふざけるな」
思わず頭を抱える。あんな生き地獄をもう一度強制させらるのは勘弁であり、大人しくあのまま死んで無に帰してしまいたい気分であった。
────いや、本当にそうか?
一度目の色々なトラウマ、ネガティブな思考に精神が侵されていく最中、俺はふと考えを改める。この時間遡行は何か意味があるのではないかと。凄惨な人生を送り、無残な死を遂げた俺を哀れんだ神が施してくれたやり直しの機会なのではないかと。
「そういう……こと、なのか?」
それならば死ぬ直前までの────首を切り落とされるまでの記憶がしっかりと残っているのも頷ける。神は暗にこう仰せなのだ。「今度はうまくやれ」と「自分の望む未来を勝ち取って見せろ」と。少し自分に都合よく考えすぎかもしれないが、そうでもしないと納得できそうにない。
「そういうことなら掴んでやろうじゃないか────自分の望む理想の未来ってやつを!!」
生まれてこの方、神の存在など碌に信じず、祈りなど微塵も上げたことなど無いが悔い改めよう。これから俺は敬虔なる神の信徒だ。
「おお神よ!えっと……そもそもどこのなんの神がこんな施しをしてくれたのかは知らんが、とにかく神よ!貴方のその最大のお慈悲に感謝を!!」
ベットの上で跪き、天を仰ぐ。なんとなく両手を組んで胸の前で祈ってみるがこれが正式な方法なのかは知らん。だって今まで碌に祈ったことないし。それでも慈悲を頂戴したのならば感謝しなければ罰が当たってしまう。
途端にポジティブになり俺は続けざまに今ここに誓う。
「そして!二度目の人生は一度目の悲惨な未来を回避して、こんどこそ納得のできる人生を送って見せます!
今度は調子に乗らず、目立たず、選ばれしものとしての責務をすべて放棄して、無駄な権力争いからは無縁のスローライフを送って見せます!!」
なんとも情けなく、見っともない誓いであるが仕方がない。だってもう二度とあんなクソみたいな人生は御免なのだ。あの破滅しか待ち受けていない未来を回避するためならば外聞など気にせず、見っともなく地べたを這いつくばっても足掻こうではないか。
「その為の努力ならば何も惜しまない!!」
こうして俺────クレイム・ブラッドレイは現実を受け入れて、二度目の人生に奮起する。これが全ての始まりであり、そうして一度目よりも過酷な未来の来訪でもあった。
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