未来のお話30
「サクリ様!!」
サクリと二人で森の浅層の入り口に建てられた小屋で仕事の準備をしていると、外から妹分を呼ぶ大きな声が聞こえてくる。
自分を呼ぶ聞き慣れない声に首を傾げるサクリと一緒に外に出てみると、ラウドル様が抜き身の剣を握って仁王立ちしていた。
「あれ、ラウドル君。どうしたの? 今日はお母様達から集中講義を受ける予定じゃなかったかな? そうだよね? ユミカ姉さん」
「そうね。私も昼過ぎから話をするようクー姉様から言われてるんだけど。予定が変わったんですか?」
昨日、『ラウドル様に愛を叩き込む!』って意気込んでたクー姉様の熱量を考えると、予定変更なんてありえない。
そう思いつつ尋ねると、ラウドル様が頷いた。
「ああ。思うところがあり、クーデル殿に予定変更を申し入れて許可を得た。ただ、皆さんのお話を聞きたくないというわけではなく、そちらも日を改めて伺わせてほしい。オーレナングに住む女性の話は、全てが私の糧になるに違いない」
クー姉様が許可したなら私から言うことはないかな。
「思うところって言ったけど、他にやりたいことでもできたの?」
愛用の杖を肩に担ぎながら軽い調子で問うサクリに対し、真剣な表情のまま距離を詰めるラウドル様。
「そのとおりです。このラウドル、サクリ様にお願いがあって参りました。今日一日、いや、私がオーレナングにいる間中。可能な限り貴女のことを私に教えていただけないでしょうか」
きゃーっ!!
オーレナングにいる間中貴女のことを教えてほしいなんて、なかなか熱烈な愛の言葉じゃない?
これは、普段いくら粗忽で暴れん坊で女の子らしさに欠けるサクリでも、胸が高鳴ったんじゃないかな。
「いいよ。じゃあ、ちょうどいいから一緒に森に行こうか」
はい、不合格。
私の妹分がダメ過ぎる。
ううん、わかってた。
わかってたけど、『貴女の事を教えてほしい』に対する答えが、『森に行こうか』は不正解だって、お姉ちゃん気づいてほしいなあ。
「サクリ」
名前を呼ぶ声の温度が下がったのを察したのか、サクリが戸惑ったような表情を浮かべて言う。
「あれ? 僕のことを教えてほしいっていうことは、僕のことを知りたいってことでいいんだよね?」
「はい。間違いありません」
ラウドル様が深く頷いたのを確認して、ホッとしたように表情を緩めるサクリ。
「よかった。勘違いしてたらどうしようかと思ったよ。なら、森に行こうか」
だからなんで!?
「何も前進してないよサクリ。お互いのことを知り合うなら、屋敷に戻ってお茶でも飲みながらのほうがいいでしょう?」
ザロッタお手製の美味しいお菓子をつまみながら二人で話せばお互いの理解がより深まると思うんだけど、なぜかサクリは眉間に皺を寄せる。
「ご趣味は? とか 好きな食べ物は? とか屋敷でやりとりするの? んー。ラウドル君もそっちの方がいいのかな?」
「こちらは教えを乞う身。貴女が望む形で構わない。ただ、好きな食べ物なら森の中でも聞くことができるが、屋敷では、魔獣に相対する貴女を見ることはできないでしょう?」
「だってさ、ユミカ姉さん」
ラウドル様の答えを聞いて、勝ち誇ったように笑うサクリ。
相互理解を深める舞台に森を選ぶなんて、このお婿さん候補は正気かな?
「だからって、許可も準備もなくいきなり森に入るのはダメでしょう? せめて伯爵様の許可を」
年長者の責務として危険な真似をしないよう諭そうとする私に、サクリが目を丸くしながら言う。
「許可なく森に入って野営してたのって、確かユミカ姉さんの旦那さんじゃなかったっけ?」
「うぐっ!! それは、そうなんだけど。でもほら! エリクス兄様は準備万端だったらしいから!」
しどろもどろになる私を見て、サクリがけらけらと笑う。
普通にしてるとエイミー姉様そっくりでお兄様には全然似てないのに、こういう笑い方をしている時だけは、はっきりレックス・ヘッセリンクの影がチラつくから不思議なのよね。
「準備なんていらないよ、ユミカ姉さん。いくら僕が考えなしでも、初めて森に来た人を深層まで連れて行ったりしないから」
ほら、考え方までお兄様と一緒。
我が家のみんなや一部突き抜けた化け物の皆さんを除いたほとんどの人々にとって、森の中層は十分に地獄だということを理解してほしい。
改めてそう伝えると、考え込む素振りを見せたサクリが躊躇いがちに口を開く。
「……中層の入り口くらいなら大丈夫じゃないかな? ユミカ姉さんもいるし」
そういう問題じゃないんだけど。
私がサクリをどう宥めるか考えていると、なぜか目を血走らせたラウドル様が深々と頭を下げながら言う。
「ユミカ殿。ぜひオーレナングの森についてご指南いただきたい! 今、この身に宿る熱が冷めぬうちに!」
「ええ……? んー、まあそこまで仰るなら仕方ないか。先に言っておきますが、指示に従っていただけない場合は容赦なく見捨てますからそのつもりでいてくださいね?」
「無論だ」
わかっているとばかりに何度も頷くラウドル様。
そんなお婿さん候補を見て満面の笑みを浮かべたサクリが、担いでいた杖を地面に突き立てた。
「よし、決まり! じゃあユミカ姉さん。いつものお願い!」
「ええ。では、復唱!! 命大事に!!」
「命大事に!! さあ、いくよラウドル君。ようこそ、オーレナングへ」
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