未来のお話12
五十も過ぎると毎日森に出るのしんどいなあなどと思いつつ、ヘッセリンク伯爵のルーティーンである討伐した魔獣の報告書を作成する。
マルディを後継に指名したのはいいけど、息子は国都に留まったほうが仕事が捗るはずだ。
すると、この報告書は誰が作るんだろうか。
サクリ?
んー、書類仕事をしてるイメージが湧かないな。
そのあたりもみんなから意見を募らないと。
そんなことを考えていると、今や我が家の屋台骨に成長し、それぞれがレプミア中に名を轟かせている三人が入室してくる。
メアリ、エリクス、デミケルだ。
「なあ兄貴。お嬢のことなんだけど」
「なんだ我が家の支柱が揃って。サクリがどうかしたか?」
なにかと思えば、僕の娘の話らしい。
サクリの話をするためにこの三人?
「いや、これを俺達が言うのは越権も越権なのは承知してるんだけどさ。……デミケル任せた」
歯に衣着せぬ物言いが若い頃からの変わらない持ち味なはずのメアリが、言い淀んだ挙句後輩デミケルにパスを出す。
出された方は目を丸くして大慌てだ。
「そこで渡してくるとかそりゃひでえよメアリさん! いや、なんと言いますか。マルディ様が後継に指名され、伴侶を得ることもほぼ決定的です」
それね!
いやあ、嬉しいよね。
なんでも幼馴染み同士の恋が実ったらしい。
でかした息子よ!
「ああ、そうだな。ふっ、あの子が結婚とは。しかも相手がアドリアだ。二人が恋仲になったら反対しないと、フィルミーには昔伝えてあったんだよ」
あの子達が生まれたばかりだったっけ。
懐かしいな。
「はい。フィルミーさんに聞きました。呑みながら夜通し。おかげで後半は誰も何も覚えていません」
娘の幸せを喜ぶ思いと娘をよその男に取られる悲しみで、後輩家来衆を全員潰したらしい。
おかげでヘッセリンク伯爵家が丸一日機能不全に陥ったんだけど、気持ちはわからなくもないのでペナルティは課さなかった。
「二代目鬼肝臓は、いまだ健在か。すまない話の腰を折った。サクリの話だったか」
「はい。この先もサクリお嬢様にはオーレナングにおいて魔獣討伐の先頭に立っていただけるものと考えております」
エリクスが確認するように言う。
「マルディは歴史上珍しい国都常駐のヘッセリンク伯爵になるだろうから、オーレナングはサクリに任せる。これはお前達も納得しているはずだろう?」
マルディは伯爵兼護国卿として国都に、サクリはオーレナングに。
確定ではないけど、それがヘッセリンク内部での既定路線だ。
マルディには、護国卿は武人の頂点の称号云々言う輩がいるなら躊躇わずに腕力でわからせるよう許可しています。
「もちろんです。ただ、そのなんと言いますか」
決まり事があるにも関わらずこの三人がやってきて、三人が三人とも言葉を選ぶようモジモジしているとは。
四十越えた男達がモジモジしてても可愛くないぞ?
「『狂人の右腕』『ヘッセリンクの頭脳』『裏街宰相』が揃ってこうも歯切れが悪いとは。明日はウインドアローでも降るか?」
「森ごとオーレナングを更地にするおつもりですか。わかりました。失礼を承知で伺います。サクリお嬢様の縁談などは、どうお考えなのかお聞かせいただきたいのです」
意を決したようにエリクスが口を開く。
サクリの縁談?
それを聞くのに何を躊躇ってたのか理解に苦しむんだけど。
僕が首を傾げると、メアリが慌てたようなな手を振る。
「いや、兄貴の方針はわかってるよ。愛のない結婚なんて認めないってやつ」
「貴族同士のお見合いにいい印象を持っていらっしゃらないことも承知しています。ただ、伯爵様ご自身も奥様との出会いはそうであったはず」
「サクリ様にも伯爵様と奥様のような素晴らしい出会いがあるかもしれません。なので、ぜひご一考いただきたく」
メアリ、エリクス、デミケルと畳み掛けるように意見をぶつけてくる。
近い近い。
いや、気持ちはわかるよ。
あまり好きではないが、貴族社会には結婚適齢期というやつがある。
もちろん明文化されたものではなく、暗黙の了解というやつだ。
サクリはそれを大きくオーバーランしているから心配しているんだろう。
いや、二十代半ばなんて僕基準では全然まだ若いし、まだ早いんじゃない? とすら思う。
「別にサクリが結婚しなくても何も困らないだろう?」
「理由もなく早く結婚しろなんて言うわけねえだろ。お嬢は俺達も可愛いんだからよ。ただ、お嬢にはもうちっと落ち着いてほしいわけ」
あ、そっちね?
眉間に皺を寄せるメアリに、デミケルが続く。
「あの天真爛漫な部分が美点なことは重々承知しています。ただ、ヤンチャが過ぎることもまた事実」
うん、天真爛漫とは言葉を選びに選んだな。
まあ、親の目から見ても粗忽者だからねサクリは。
ヘッセリンクの血がより濃い印象だ。
マルディ?
必要に応じて自分に流れる血を使い分けてるんじゃないかと疑ってる。
そのくらいTPOを弁えて過ごした結果、誰が呼んだか『小狂人』だ。
「言いたいことはわかる。あれははしゃぎながら野山を駆け回る子供と変わらないからな。それで、伴侶を得て愛を育めば落ち着くのではないか、と。そういうことか?」
愛のない結婚なんて認めない。
ただ、娘がやんちゃん過ぎて家来衆に心配をかけるのは本意ではない。
僕とエイミーの出会いがお見合いなのも事実。
仕方ないか。
一つため息をついたあと、戸棚から一通の手紙を取り出し、広げて机に置く。
「読んでいいぞ」
三人がざっと目を通し、次いで信じられないものを見るよう僕に視線を寄越す。
サプラーイズ。
「おい、これ」
「アルスヴェル王国リュンガー伯爵家から縁談の申し込みだ。サクリに話すのはこれからだが、流石に無視できないからみんなに相談しようと思っていたんだよ」
三人の後ろにまわった僕は、それぞれの肩をポン、ポン、ポンと叩く。
「さあ、お望みどおり婿取りの時間だ。気張ってくれよ? お前達」
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