第一章 創造せし者  ― Creator ―

1.夏の夜の夢 ー流星群―

 まばゆい光のすじが、天空に尾を引いて流れていた。

 7月半ば頃から静かに始まる「ペルセウス座流星群」───。

 高台に寝ころび天を見上げると、視界は銀光が輝く夜空で占められ、時折その視界を、まばゆい白線が現れては消えていく。


 遠くから、小波さざなみの音がかすかに、届いていた。

 草に触れる背より全身へ、大地の温もり、そして生命の波動が伝わってくる。

 植物。

 昆虫。

 そして、この地球の鼓動が───。

 波動が身体全体に行き渡り、それが一つの感覚となって全身を覆う。

 感覚の固まりはゆっくりと広がり、接する土の意識を取り込み。そして自分の感覚と同一化シンクロする。そのまま感覚の拡大に身を任せていると、それはとどまることを知らぬがごと膨張ぼうちょうし、世界を取り込んでゆく。

 一体化するとそれは、自分が周りの意識を取り込んでいるのではなく、周りの意識に自分が取り込まれていることに気付く。

 大地に溶け込んだ自分は、地球の脈動みゃくどうを感じることも、土の中にいる微生物の鼓動こどうも、細胞の中で行われている代謝たいしゃさえ感じることも出来───。

 そして意識は加速度的に広がり、拡散していった。

 自分と地球が同じものに思え、全てに同化した自分は、宇宙に包まれる安らぎに満たされる。それは、母の胎内たいないにいた頃の、一つの細胞であった時の自分をも連想させた。



 妻夫木つまぶき拓也たくやは、祖父の家屋から少し離れたこの丘で、星を眺めていた。

 空を仰いで夏の柔らかな夜風に吹かれながら、自分が自然と一体化してゆく感覚に身を任せ、土と潮の香りのする空気を胸に吸い込み、ゆっくりとまぶたを閉じた。視覚という感覚を閉ざしたことで、他の感覚がより一層鋭敏えいびんになる。

 土と草の匂いが体中の細胞を活性化させ、潮の香りが細胞に太古たいこの記憶を呼び覚まし。

 夜風が頬をなぶり、軽い浮遊感ふゆうかんさえ覚えさせる。

 身体を吹き抜ける風は、辺りの草木を動かしさやさやと音を立てさせ、聴覚は、丘の下にある入り江に打ち寄せる、小波さざなみの音をも感じ取れるようになっていた。

 拓也の意識は、その波の波長とシンクロしつつあった。

 そのとき───。


 拓也はひとみを開いた。

 視界は白く輝く銀河で埋められていた。

 瞳はその星々を映していたが、意識は聴覚へと向く。鼓膜は、小波さざなみが砂浜に打ち寄せる音とは別の音を捉えていた。それはこの静かな世界の中で、波の波動とシンクロしていたからこそ気づけたような、ごくわずかな音であった。

 最初拓也は、魚が跳ねた音だと思った。

 常人じょうじんの判断としては、それが当たり前の結論であったであろう。

 しかしその時の拓也は、自然との一体感を感じ取っていた最中さなかの出来事であったため、本能的に「何か」を感じ取っていた。

 言葉で表すとすればそれは、何かその音源にあったモノの『気』の違和感だとでも言おうか───。


 上体を起こし、それからゆっくりと立ち上がる。

 拡散していた意識が一気に凝集ぎょうしゅうし、自分のものとなる。

 拓也は丘の端まで近づき、岸壁がんぺきを見下ろした。

 眼下には満月に照らされた白い砂浜とあおい海が広がる。海は何事も起きていないかのように静かであった。

 拓也は岸壁に沿って歩き出した。

 向かう先には、入り江につながる坂道がある。

 その道は細く急なため、こんな夜中に向かうのは無駄な体力を費やすだけのことでしかなかった。それ以上に、明かりのないその道を夜歩くのは、危険な行為でさえあった。

 もちろん拓也はそのことを承知していた。

 が、拓也はその行動に疑問を抱くことなく、当たり前のように坂道へと足を踏み入れた。

 その道を選択したことが、人生の分岐路であったことに気づきもせず。

 まるで何かに導かれるように────。

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