第37話 ……幻覚……ですか?
「……本気で言ってるのか? 自分が負けて帰ってきたので、相手が強かったという事にして誤魔化そうとしているのではないのか?」
「そんな…! 本当なのです、【鑑定】致しましたから! 最初は鑑定も弾かれてしまったのですが、その後見て良いと言われて…鑑定の結果には、“賢者猫”と…」
「鑑定が通らなかっただと? なるほどな、そういう事か…」
「?」
「相手はつまり、お前より魔法の
「…っそれは…、たしかに、可能性はある、かも知れません。ですがっ! ミスリルの盾を溶かすほどの魔法を使うのですから…」
「…例えばだ……」
「…?」
「…例えば、幻覚を見せられていた、という可能性はないか?」
「幻覚……ですか?」
「鑑定の結果を偽装できるなら、その可能性もあるのではないか?」
「それは……」
「だいたい、賢者ではなく賢者
「悪いが、お前の報告をそのまま信じる事はとてもできん。幻覚魔法か何かで罠に嵌められたと考えたほうがよほどしっくり来る話だ…」
「そ……しかし! シックス達は現に……」
「死体はどこだ?」
「え? ですから、膨大な熱で消滅してしまったと……」
「本当に消滅したのか? つまり、証拠はないという事ではないか? シックス達は、例えば落とし穴に落として隠されただけかも知れない。その獣人は土魔法を使うという報告を受けている。街中では衛兵を土の中に埋めたとも。戦ったのはその獣人の家の庭だったのだろう? どんな罠があっても不思議ではないだろう」
「それは……。で、では、キムリは? 彼は私の目の前で黒焦げの死体になってしまいましたが」
「キムリの死体はどこだ? 死体を持ち帰っていればキムリかどうかはっきりしただろうが、現状では証拠はお前の証言のみしかない。黒焦げになったという幻覚を見せられていた可能性も否定できない」
モイラーは単身で逃げ出すのに必死で、仲間の遺体や証拠を持ち帰る余裕などなかったのだ……。
「…では! 奴の放った熱線に沿って森が抉れ、山に穴が開いてしまったのは…」
「それこそ幻覚ではないのか? 遠方の山に穴を開ける? そんな威力のある火球など聞いたことがない。だいたいその熱線の痕というのは森の奥に向かっての事なのだろう? 危険な魔物が闊歩する森の深奥まで調査に行くわけにも行かない、それでは確認もできないじゃないか…」
「……」
「まぁ、キムリがその前にその獣人に重症を負わされたという報告は入っている。治癒士達が治療したのだから間違いはないのだろう。つまり、その獣人にそれなりの実力はあるという事なのかも知れん。だが、遥か遠方の山に穴を穿つなど、ドラゴンでもない限り不可能だろう? それとも、その獣人は、ドラゴン並みに強いとでもいうのか?」
「……その、可能性はあるかと……」
「はぁ……もういい。今日は休め。ゆっくり頭を冷やして、もう一度何があったかよく思い出してみろ。何かおかしなところが見えてくるかもしれんぞ?」
「……はい……」
+ + + +
■モイラー
モイラーは言われた通り、自室に戻り、強い酒を一気に煽ると、疲労もありそのまま気絶するように眠ってしまった。
そして翌日。目覚めてからあらためて考えてみるが…
領主は幻覚に掛かっている可能性などと言っていたが、改めて考えてみても、モイラーにはそうは思えなかった。
幻覚魔法とはそもそも何なのだ? そのような魔法があるとは聞いた事もない。
人の目を欺いたり偽装したりする魔法は確かにある。例えばステータスの偽装。ただこれは幻覚とは違うだろう。
人の目をごまかすとなると……光魔法を使って何らかの映像を見せる? 強い光で目を眩ますなどは可能かもしれないが、映像を、それも現実と錯覚するほどの映像を見せる事が可能だろうか? そもそも、自分は確かに、膨大な魔力を感じたのだ。それは視覚を誤魔化しただけのものではないはずだ。
あの魔力の感覚は確かに現実だったように思う。だがそう言っても領主は納得するまい。
他に考えられるのは……気配遮断などの隠密系の魔法やスキル? これも自身の発する様々な気配を遮断しているだけなのだから、幻覚とは違うだろう。
そういえば、隠密系の魔法には【認識阻害】というのもあると聞いた気がする。
認識阻害とは、気配を出さないのではなく、見えてはいる、感じてはいるが、それを意識させない。人間の思い込みを利用するような魔法である。
なるほど、これは幻覚に近い魔法かも知れない。例えば、膨大な魔力を感じたと思い込まされていたとしたら……?
まさか、やはり幻覚だったのか?
いやいやいや、思い返してみてもやはりそうは思えない。
思考がループする。
そしてモイラーは、考えていても結論は出ないと、もう一度、確かめに行く事にしたのであった。
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