第4話 料理を薙ぎ払い床にぶち撒けた結果
貴族の男は眉をピクリと上げた。まさか逆らわれるとは思っていなかったようだ。
店主は押し殺したように低い声で続けた。
「…他に、いくらでも、店はあるでしょう」
「わざわざウチのような安い店を利用せんでも…、もっと高級な店に行かれたら良いじゃないですか…」
「口答えするとは生意気な……」
店主を睨みつける男。
だが店主は怯まずにしっかりと男を見返している。貴族に逆らうとは、根性の座った店主である。
緊張した空気が流れる。
だが…
「……ふふ。なかなか骨のある店主のようだな」
男が折れるかのような言葉を発し、店内の空気が一瞬和らいだ。
だが、男は続けてさらにおかしな事を言い出した。
「…そうだな、ではこの店は俺が買い取ってやろう。庶民向けの店の経営に乗り出してもいいかなと思っていたところだ」
「……は???」
「というわけで、オーナーの意向だ。獣人は追い出せ」
「…いやいや、というわけでって、売る気はありやせんが?」
「ほう、そうなのか……?」
「ええ、そりゃ、苦労して開店したみ…せ……」
「……馬鹿だなお前」
気がつけば、店主は剣で胸を刺し貫かれていた。貴族の男が剣を抜いて刺したのだ。特に殺気もなく、まるで荷物を置くような自然な動作で、周囲の者達も一瞬何が起きたのか分からなかった。
「意固地な店主が居なくなれば買い取りもスムーズに進む」
血を吐いて倒れる店主。悲鳴をあげる店のウェイトレス。
「素直に従っておけば、命も助かって、なおかつ金も貰えたのになぁ?」
魔物の狩りで返り血を浴びた経験も多い俺には分かった。返り血を浴びないような位置に移動しながら剣を引き抜いたこの男、相当
男は店内を振り返り、俺の方を見て言った。
「というわけだ。今日からこの店は人間専用だ。獣人は出ていけ」
俺はその言葉を無視し、倒れた店主に駆け寄り治癒魔法を掛けてやった。
「ん? 何を……?」
もちろん俺の治癒魔法は本物である。それも人間なら最上位の治癒魔法と同等の効果がある。すぐに処置をしたのもあり、店主は死なずに済んだようだが、すぐには目を覚まさなかった。
それを見て嘲るような表情をする男。店主が目を覚まさなかったので効果がなかったと思ったようだ。
「は、笑えるな。獣が治癒魔法の真似事か? 人間が治癒魔法を使っているのをどこかで見て真似してるのか?」
そして男は、俺が食っていたテーブルのほうに歩いて行った。
「ふん、ケダモノが人間の真似をしてテーブルで食事か? ケダモノならケダモノらしく、外の地べたで食えよっ!」
男はあろう事か、テーブルの上の俺の食べかけの料理を薙ぎ払い床にぶち撒けると、さらに足で店の外に蹴り出した。
「ちっ、足が汚れてしまったじゃないか…」
慌てて男の取り巻き? が手ぬぐいを出して男の足を拭いている。
そしてそれを見た俺は……静かにキレていた。
……まだ少ししか食べてなかった俺のオーク肉生姜焼き定食をー!!
だいたい、人が食べている料理を床にぶちまけるってどうなんだ?!
食べ物を粗末にしていいと思っているのか?!
調理してくれた店の人にも、食材を生産してくれた人達にも悪いと思わんのか?!
というか、俺の食事を邪魔する奴は許さん…
上から命令してくる奴もな……!!
どんどん怒りが増してくる。
「シャー!!」
無性に腹が立った俺は、思わず男に飛びかかり猫パンチを繰り出していた。もちろん肉球だけの優しい攻撃ではない。爪を出しての本気の
「ふ、たかが猫の爪ごとき、届くと思っているのか?」
男も俺の攻撃を予想していたのだろう、剣を抜いて迎え撃とうとした。
が…
鋼鉄の剣がまるで藁のようにあっさりと分断され床に落ちる。
それはそうだ、俺の爪は、実は単なる猫の爪じゃない。
「なっ…!」
剣を失い驚愕の
そして、俺の左フックを受けた男はあっけなくバラバラ死体となって床に散らばった。五分割され床に散らばった男の死体から大量の血が流れ出す。
何が起きたのか分からず、一瞬戸惑っていた男の仲間達だったが、我に返って騒ぎ出す。
そして、剣を抜いて襲いかかってきたので、俺はさらに爪を一閃。
正直、かなり手加減した風刃だったので、冒険者なら避けるか防ぐかするだろうと思ったのだが…
全員首を切り飛ばされてアッサリ死んでしまった。
……弱いな。
そんなんで今ままでよく冒険者やってられたなおい?
その程度の実力で冒険者をやっていたら、森の魔物に殺されてしまうのは時間の問題だったろうから、結果は一緒だな。
+ + + +
「……はっ、これは……?」
店主は心臓を貫かれていたものの、すぐに治療したので死なずに済んだようだ。
「この、猫人の方が治療してくださったんです」
「あんたが…?」
「気にするにゃ。俺はこの店の料理を結構気に入ってるにゃ。街に来た時にうまい飯を食える場所が減ってしまうのは困るにゃ」
「……は、そうだ、あの貴族は…?!」
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